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【第2部31章】落ちてくる、この空の下で (21/24)【裂傷】

【目次】

【崩怪】

「グリン……アサイラは、間違いなくグラー帝を倒した。空から落ちてくる次元世界<パラダイム>も、押し返した。それなのに、なんで……今度は、グラトニアの地面が崩れているのだわ!?」

「問いただしたいのは、わたくしのほうですわ! 『淫魔』ッ!!」

 リーリスとクラウディアーナは、悲鳴じみた叫び声をあげる。エルヴィーナは、片腕を失った肩を侮蔑するようにすくめてみせる。

「アは、アははハは……やはりドロボウ猫も白トカゲも、人並み程度の知性すら、持ちあわせてはいないようなので……これで、アサイらに手を出そうなんて、思い上がりもはなはだしい……」

「どういうことですわ。この次元世界<パラダイム>に、なにが起こっているのか、簡潔に答えなさい。側仕えの女」

 純白のドレスに身を包んだ龍皇女が顔をあげ、ゴシックロリータドレスの女とともに、『魔女』を見据える。眼孔と腕の切断面から、この世のものならざる怪奇物体を垂れ流しなら、三つ編みの女は首をかしげる。

「そもそも、わたシタチが負けたわけでも、あなタタチが勝ったわけでもない……敗北したのは、グラー帝とグラトニア……ついでに、あなタタチにも、ここで退場してもらうつもりなので……」

「グリン。龍皇女の質問の答えになっていないのだわ。『魔女』?」

「アは……ッ。自分で考える脳みそも、足りないようなので……」

 殺気立つリーリスとクラウディアーナをまえにして、エルヴィーナはあきれたようなため息を吐き出す。大地のとどろきが、空気の振動となって、高々度まで届いている。

「大前提からして、あなタタチは思い違いをしている……グラー帝を倒せば次元世界<パラダイム>の異常が止まるわけではなくて、あの男が死んだからこそ、いま、グラトニアの崩壊が起きているので……」

「……『淫魔』?」

「嘘でも、ブラフでもないのだわ。困ったことに」

 三つ編みの女は眼球を失った顔で、救いようのない愚か者たちだ、とでも言いたげに表情をゆがめる。

「最初から、わたシタチは、グラー帝の勝敗など、どうでもよかったので……仮に当初の計画通り、大規模次元融合を果たしたとして、皇帝も人の子である以上、いつかは死ぬ。そのとき、グラトニアは崩壊する。100年前後の誤差にすぎない」

「グリン……つまるところ、次元世界<パラダイム>の破壊が目的だったのだわ?」

 リーリスの問いかけに、わざとらしくエルヴィーナは小首をかしげてみせる。

「……グラー帝の転移率<シフターズ・エフェクト>である『覇道捕食者<パラデター>』の解除、次元世界<パラダイム>同士の引力の乱れ、さらには『塔』という要石の破壊……これだけ並べれば、何事も起こらないほうが不思議なので……」

「『灼光』と『明鏡』の、魔法<マギア>──ッ!」

 三つ編みの女の言葉をさえぎるように、龍皇女はふたつの高等魔術を同時起動する。白銀の熱戦が、魔力の鏡に反射して、じぐざぐに屈折しながら『魔女』を狙う。

「アははハはハッ! しょせんは、ドラゴン……ひとの話を聞くよりも、暴力に訴えるほうが得意なようなので……!!」

 震える空に哄笑を響かせながら、人間態の上位龍<エルダードラゴン>の魔法攻撃を、エルヴィーナは悠々と空を舞う動きで回避する。

「ダメだわ、龍皇女! 『天球儀』を攻撃の照準から、回避ルート算出のために切り替えて使っている……ちょっとやそっとじゃ、命中させられない!!」

「ぐ! この期に及んで……ちょこざいな真似をするッ!!」

「アは……! ひとつ訂正するのならば、わたシタチの目的は『次元世界<パラダイム>の破壊』ではなく、『多元宇宙に大穴を穿つ』ことなのでッ!!」

「そもそも、さっきから『わたしたち』って言っているけど……あなた、帝国以外に共犯者がいたのだわッ!?」

 リーリスの質問に答えることなく、『魔女』は背中から地面へ向かって落下していく。龍皇女は龍態へ変じ、『淫魔』は黒翼を流線型にたたみ、それぞれ追いすがる。

 かすんでいたグラトニアの大地が、すぐにゴシックロリータドレスの女の視力でも捉えられる距離に迫ってくる。白銀の上位龍<エルダードラゴン>の言ったとおり、巨大な亀裂が……もはや、脱落と言ってもいいほどの地面の消失が生じている。

 エルヴィーナは、健在の右腕と喪失した左腕の両方を伸ばすような体勢をとる。三つ編みの女の背中越しに、地表が失われて現れた闇の底から、名状しがたき異形の影がうごめいている。

「グリンッ! なんなのだわ、あれ!?」

『先刻も言いましたけど、『淫魔』、わたくしのほうが問いただしたいですわ! 我がフォルティアはもちろん、聞き及んだかぎり、多元宇宙に存在するようなモノですらないッ!!』

「アははハは……わたシタチの言った、あなタタチをここで負かすつもり、という言葉も忘れてもらっては困るのでッ!」

 赤みがかった黒髪の三つ編みを揺らしつつ、『天球儀』とともに頭から高速で落下していく『魔女』は、指先で魔法文字<マギグラム>を描き、魔法陣を展開する。

 墜ちるエルヴィーナと追随者のあいだをさえぎる膜のごとく、獰猛に羽を鳴らす肉食イナゴの群が召喚される。殺人昆蟲が、リーリスとクラウディアーナの肢体を餌食にしようと迫りくる。

「グリンッ!」

『ルガアッ!』

 ゴシックロリータドレスの女は、肉食イナゴを幻覚に捉えることで、共食いを誘発する。白銀の上位龍<エルダードラゴン>は、光り輝く魔力障壁を身にまとって、むらがる蟲を焼却する。

 ふたりの女は、群蟲のヴェールを突っ切って、落下していくエルヴィーナへ肉薄する。両目の潰れた三つ編みの女は、なおも右人差し指をせわしなく動かし、魔法文字<マギグラム>を描き続けている。

「龍皇女、うしろッ! ていうか、うえだわ……!!」

『今度は……なんですわッ!?』

 急降下の速度を緩めることなく、『淫魔』と龍皇女は、背後の空をあおぎ見る。公害に汚染された雨粒のごときケミカルカラーの物体が、無数に落ちてくる。生き残りの肉食イナゴが接触すると、悲鳴のごとき哭き声をあげて、溶解する。

「グリン! 腐食性の粘液を分泌する……ナメクジってところだわッ!?」

『次から次へと、まあ……よくも、こう、気色の悪いものをッ!!』

 軟体生物らしき『魔女』の召喚体は、自力での飛行能力こそ持たないものの、数は多く、さらに周囲へ腐食性粘液をまき散らしている。

 くわえて、ふたりは追跡のために一直線で下降する体勢となっているため、回避運動の軌道修正も困難。それを見越しての、召喚魔法だ。

 リーリスとクラウディアーナは、多少のダメージは覚悟のうえで、エルヴィーナに喰らいつくことを、言葉を交わすことなく同時に決意する。眼球を失った女の口元が、にやりと吊りあがる。そのとき──

『──ドォウッ!』

 大砲の発射音のごとき咆哮が、『魔女』のさらに背後から、宙に響きわたる。圧縮空気の弾丸が上空で炸裂し、腐食性のナメクジと肉食イナゴの生き残りが、もろともに吹き飛ばされる。

『気に喰わんぞ……いずれ、ウヌを殺すのは、このオレだと言うことを忘れるな! 龍皇女ッ!!』

『……ヴラガーン!!』

「背中に乗っているのは……グリン! 『伯爵』だわ!?」

「ふむ。貴女と会うのは、セフィロト本社以来……じつに半年ぶりかね、『淫魔』?」

 伊達男を乗せた巨龍は、一度、リーリスとクラウディアーナの横をすり抜けて昇る。すぐさま上空で反転、下降すると、ふたりの横に並び、エルヴィーナに顔を向ける。

「よくもまあ、飽きることもなく、ぞろぞろと……とはいえ、そろそろタイムアップなので!」

 両目の潰れた三つ編みの女の身体が、地表に生じた亀裂のなかへと呑みこまれていく。白銀の上位龍<エルダードラゴン>が、先陣を切って、あとを追おうとする。

『逃がすつもりはない、と言ったはずですわッ!!』

「待って、龍皇女……あの裂け目の向こう側、なんかヤバいのだわ!?」

 リーリスの制止を受けて、クラウディアーナは苦々しげにうめく。黒翼を広げた女と2頭のドラゴンは、急降下をあきらめ、上昇軌道へと進路を切り替えた。

【瘴気】

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