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【第2部24章】永久凍土の死闘 (5/8)【拒絶】

【目次】

【胆力】

「ええーい!」

「どっせい!」

 凍原に、少女と男の咆哮が同時に響く。メロは、右手のリングをオーバースローで投擲する。ライゴウは、全身の筋肉に力をこめる。

 魔法少女の投げつけた回転輪は、征騎士の鋼のごとき肉体によって難なくはじかれる。今度は、防御姿勢すらとっていない。メロの目には、ライゴウの身体が、ひとまわり膨らんだようにも見える。

「そんな……半年間、ディアナさまに特訓してもらったのに……!」

 魔法少女は手元に戻ってきたリングをキャッチしつつ、悔しげに眉根を寄せる。フラフープ投擲の威力は、間違いなく向上した実感がある。にもかかわらず、相手が歯牙にかける様子はない。ライゴウは、あきれたように鼻を鳴らす。

「なに……おれは四股踏み、鉄砲で10年ってことよ!」

 男の巨体が、メロの見たことのない独特の歩法で急速に間合いをつめてくる。スピードなら自分に分がある、そう思っていた魔法少女の自信をくじきかねない踏みこみだ。

「……どっせいッ!」

 マンモスのごとき威容の突進で迫ってきたライゴウは、魔法少女の頭部めがけて右の張り手を放つ。メロはとっさに倒れこみ、男の股下をくぐり抜けるスライディングで回避する。風圧がかすめ、金色の髪を乱す。

(ディアナさまと力比べして、互角だった相手……メロが、まともに一撃を受けたら、ひとたまりもないのね……!)

「なに、ちょこまかと……どっせい!!」

「まだまだ……なのねッ!」

 ライゴウは、振り向くと同時に仰向けの魔法少女に対して左の張り手を打ちおろす。メロは相手の動きを先読みし、間一髪、前転で回避しながら間合いをとる。男の野太い左腕が凍原を砕き、大量の氷片をまき散らす。

「まだまだ、はおれの台詞ってことよ……『失落演武<フォーリンガン>』ッ! どっせい!!」

 削岩器のごとく大地に突き刺さった左腕を引き抜くと、ライゴウは流れるような動きで片足を振りあげ、落とし、凍原を踏みしめる。

──ドウゥゥ……ンッ。

(この振動……ディアナさまが墜落したときと、同じ感覚……!)

 メロは、身構える。眼前の男が大地を砕いたときに巻きあがった氷の粒が、重力方向に従って、銃弾のごとく高速で落下してくる。

「あわわわ……ッ!?」

 氷の弾丸に魔法少女のコスチュームを引き裂かれながら、とっさにメロはリングを傘のように頭上へ掲げる。直径を広げ、輪の内側の亜空間へ凍てつく礫を呑みこませる。

「まだ……負けるわけには、いかないのねッ!」

 魔法少女は、うめく。対峙する男に打ち勝って、無力化できれば最善だが、そうでなくとも龍皇女が追っ手を振りきるだけの時間を稼がねば、足止め役を買って出た意味がない。

「ええ──いッ!」

 メロはリングの面輪を相手に向けて、高速回転させる。一度は亜空間に呑みこまれた氷弾が、今度はライゴウに向かって射出される。

「なに……どんな手を打ってくるかと思えば……しょせんは小僧手品ってことよ。『失落演武<フォーリンガン>』! どっせい!!」

 男が大きく脚を振りあげ、雪氷を踏みしめる。不可思議な鳴動が凍原に響きわたり、ライゴウに撃ち返した氷の礫が推進力を喪失して、ひとつ残らず命中するまえに落下する。

(たぶん、これが……ディアナさまを墜落させた能力なのね……!)

 メロは、胸中で合点する。本来であれば、スピードを活かした跳躍殺法で相手を翻弄するのが、魔法少女の戦闘スタイルだ。にも関わらず、ライゴウ相手にジャンプを控えていた理由でもある。

(下手に飛んだり、跳ねたり……なんなら投げたリングだって、すぐ落とされちゃうのね。でも……相手の隙だって、大きいッ!)

 男が大振りな動作で凍原を踏みつけ、動きが止まったわずかな間をついて、メロは上空へ向かってリングを放り投げる。ぎゅるん、と輪がバックスピンし、下降軌道へ方向転換すると、ライゴウの頭上へ向かって落ちていく。

「なに……嬢ちゃんの力加減は、もうわかったってことよ……『失落演武<フォーリンガン>』どころか、腕で防御する必要すらねえッ!!」

「──倒れろッ!!」

 腰を落とし、首の筋肉に力をこめてリングを待ち受ける男に対して、メロが声をあげる。一直線に落下してくる輪が、命中直前、90°角度を曲げる。

「そしてッ! 縮まれ──!!」

「はガ……ッ!?」

 ライゴウがうめく。魔法少女は、眉間に深いしわを刻んで強く念じる。男の胸のあたりまで呑みこんだリングが、急速に内径を収縮させて、その身体を締めあげる。

「その輪投げ。ぶつけるだけが能じゃない、ってわけか……考えたな、嬢ちゃん。だが、なに……どっ──せい!!」

 こめかみに青筋を立てたライゴウは、全筋力を瞬間的に爆発させる。ぱぁん、とはじけるような音ともに、締めつける輪が強引に広げられ、男は拘束から脱出する。

「これで壊れんとは、丈夫な輪っかよ。だが、なに……イクサヶ原の相撲取りをなめるなってことよ……嬢ちゃんッ!」

 リングの収縮に導子力を過剰に注ぎこんだメロは、ふらつき、反応が遅れる。ライゴウが一息に摺り足で急接近し、右の張り手を振りかぶる。

 魔法少女は、握りしめた片割れのリングを高速回転させつつ、ぎりぎりのタイミングで振りあげて、迫る張り手にぶつける。破滅的な速度で迫る手のひらの軌道がそれる。

「きゃあ……ッ!?」

 それでも、圧倒的な膂力から繰り出された暴威を完全に殺すことはかなわない。メロは大きくバランスを崩し、その場で尻もちをつく。男は、大きく左腕を引き、少女に対して追撃の張り手を放とうとしている。

「──ッ!!」

 メロは死を覚悟し、まぶたを強く閉じる。だが、最後の刻はなかなか訪れない。魔法少女がおそるおそる目を開くと、ライゴウはいつでも張り手を振りおろせる体勢を保ったまま、冷徹な眼光を宿した瞳でメロのことをにらみつけていた。

「なに、勝負ありってことよ。嬢ちゃん……ここまで派手に暴れられちゃあ、見逃すことはできないが、皇帝陛下への助命嘆願くらいは責任もってやってやる。安心して土俵から降りろ」

 男の降伏勧告に、メロは返事をしようとする。喉と舌が震えて、うまく言葉を紡げない。それでも、どうにか口を動かす。

「──絶対、イヤ! 魔法少女ラヴ・メロディは……決して! どんなときでも! あきらめないのね!!」

 メロは、断固とした声音でライゴウの最後通牒を拒絶した。

【回転】

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