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【第2部10章】戦乙女は、深淵を覗く (5/13)【隔絶】
【童心】←
「たあぁぁーっ!」
「とりゃあーっ!」
二人の戦乙女のかけ声が、同時に響く。片方はアンナリーヤ、もう一人は年長の戦乙女だ。それぞれ、訓練用である木製の突撃槍<ランス>を手にしている。
天空城の中庭、成人ではないもののある程度の年齢を重ねたヴァルキュリアたちの集う訓練場に、堅木のぶつかりあう音が激しく響きわたる。
平均的な戦乙女の身長ほど間合いをとって、けがをせぬよう先端の丸められた穂先が目にも止まらぬ速度で互いをさばきあう。
二人の戦乙女の距離が、少しずつ詰められていく。武術訓練に参加していたほかのヴァルキュリアたちは、実戦さながらの打ちあいを息を呑んで見守る。
「うおぁぁーっ!!」
「ぬうぅぅーっ!?」
やがてアンナリーヤたち二人は、接近戦の間合いに踏みこみ、互いの大槍の根本を重ねた鍔競りあいのような体勢になる。
小回りの利かない突撃槍<ランス>でここまで間合いの内側に潜りこむと、純粋な腕力勝負となる。成人間近の年長者を相手にして、アンナリーヤは一歩も退かない。
「とおっ!!」
先に動いたのは、王女の稽古相手のほうだった。重なる二本の大槍の力点をずらすと、その柄をアンナリーヤの手首へ打ちつけようとする。
「まだまだ!」
戦乙女の妹姫は、小さな円を描くように身をひるがえして小細工をかわすと、回転の勢いを利用して突撃槍<ランス>の棹部分で足払いをしかける。
「……うはがっ!?」
大槍の先端側面は、稽古相手のすねに命中する。しかし、手応えは甘い。アンナリーヤと対峙する戦乙女は、よろめきながらも双翼を羽ばたかせ、上方へ逃れる。
「受けて立つ……! ここから先が本番だからだ!!」
戦乙女の妹姫も自らの翼を広げ、打ちあい稽古は空中戦へと移行する。ふたりのヴァルキュリアは宙を舞い、滑空の勢いの乗った突撃槍<ランス>をぶつけあう。
激しさを増す稽古を、姉妹たちは手に汗を握り見あげる。アンナリーヤと相手が正面衝突するたびに訓練用の大槍が削れ、木くずが舞い散る。
「とぉあ、りゃああぁぁぁ!!」
相手の上方を奪ったアンナリーヤは、ランスの本領である突撃ではなく、あえて棒術のように振りまわす殴打を選択する。
「あぐはあーッ!?」
攻撃を受け止めようとした稽古相手の大槍がへし折れる。それだけでは殴打の衝撃を逃がしきれず、年長の戦乙女は地面に向かってはじき飛ばされる。
「……これで決着だからだ!」
アンナリーヤは突撃槍<ランス>の先端をまっすぐにかまえると、落下する稽古相手に向かって急降下をしかける。年長の戦乙女は、体勢を立て直せない。
ヴァルキュリアの王女は、稽古相手の心臓を串刺しにする勢いで流星のように突撃していく。打ちあいを見守っていた姉妹のなかには、目をつむるものもいる。
──バキイッ!
堅木のへし折れる鈍い音が、中庭に響く。背中から落下した年長者におおいかぶさるように、アンナリーヤの姿がある。
突撃槍<ランス>の先端は、命中直前に狙いをそらされ、庭園にしかれた石を突いていた。戦乙女の姫君は、にやりと笑う。
「……どうだ?」
「お見事、にございます……姫さま」
息を切らした年長の戦乙女は、額に冷や汗を浮かべ、ひきつった表情でアンナリーヤに返事をする。少し遅れて、周囲を囲む姉妹たちが一斉に歓声をあげる。
ヴァルキュリアの王女は立ちあがり、稽古相手の右手を握って、起こしてやる。訓練に参加するようになったばかりの妹たちから、羨望のまなざしが向けられる。
「……すばらしい槍さばきだわ、アンナリーヤさま。さすがは、次代の女王」
なんとはなしにそう言った姉妹の一人を、戦乙女の姫君が一瞥する。
「それは、少しばかり悲憤慷慨だ……女王の位を継承するのは我が姉、エルヴィーナのほうだからだ」
「も……もうしわけありません。姫さま……」
「わかってくれれば、いい……本日の訓練は、この程度にしておこう」
戦乙女の女王の継承者として育てられる『姫』は、歴史的に見れば姉妹たちのなかから一人だけ選ばれて、特別な教育と待遇を受けるのが慣例だ。
だがアンナリーヤの代だけは例外的に、エルヴィーナとの二人が『姫』としての位に置かれている。それゆえ、先ほどのような憶測を招くのだろう。
魔術に関して特筆すべき才を持ち、しかし戦士としての激しい戦いに耐えられない虚弱体質を抱えたエルヴィーナに対する措置だと、妹姫は理解している。
母君であるオリヴィネーアは、女王の座についたエルヴィーナを武術の面から補佐してほしい……そう考えて、自分を『姫』として育てているに違いないのだ。
アンナリーヤは、駆け寄ってきた最年少の妹たちにへし折れた木製の槍と訓練用である軽装の胸当てを預けると、ほかの者たちより一足先に城内へと戻っていく。
(そういえば……ここしばらく、またエル姉さまのことを見ていない)
控えていた侍女たちに手伝ってもらいつつ、汗のしみこんだ訓練着から着慣れた緑色のドレスに着替えつつ、戦乙女の妹姫はふと思う。
姉姫であるエルヴィーナの姿は、ときおりふらりと城内から消えて、そのまま数週間見えなくなる。母君に聞いたところ、研究室にこもっているらしいのだが……
(エル姉さまったら。ちゃんと食事をとっているのか心配なんだから)
戦乙女の妹姫は、エルヴィーナの研究室を尋ねようと思いつく。途中、厨房に立ち寄り、差し入れとしてバスケットにパンとチーズ、りんご、ブドウ酒を積める。
欲張って詰めこみすぎたかごの中身をこぼさないよう手で抑えながら、アンナリーヤは天空城の奥の階段を下っていく。
姉姫の研究室は、浮島の基部に埋まるような地点にある。いわゆる地下階というものだ。当然、廊下に窓はなく、どことなく空気はよどんでいて息苦しい。
ほかの戦乙女たちはほとんど来ることのない地下通路を進んでいくと、やがて重厚な鉄製の扉へと行きあたる。エルヴィーナに与えられた研究室だ。
アンナリーヤは、右手で扉の表面に触れ、押し開こうとする。部屋と通路を隔てる障壁は、微動だにしない。
「『施錠』の魔法<マギア>がかけてあるのかしら? エル姉さまったら、心配性なのだから……」
戦乙女の妹姫は、どうやって研究室のなかの姉君に会おうかと思案する。声やノックは、このぶ厚い扉をまえにしては届くまい。
かといって力ずくで開けようと思えば、壊すつもりですることになり、それもまた問題がある。
「それにしても、この扉……」
アンナリーヤは、錆びついた扉のざらりとした感触をなでる。ただの魔術研究室に、ここまで厳重な隔壁が必要なのだろうか。
戦乙女の妹姫は、城勤めの宮廷魔術師の研究室を訪ねたことがある。それは城の上階にあり、あたりまえに窓から日差しがそそぎ、ドアもほかの部屋と変わらなかった。
エルヴィーナ自身の強い希望で与えられたという地下研究室。これでは、まるで……
「……地下牢みたい」
「そこにいるのは、アンナリーヤですか……?」
ぼそりとつぶやいた戦乙女の妹姫は、自らの名前を呼ぶ声にあわてて振りかえる。バスケットのなかから、りんごがひとつ転がり落ちる。
「お母さま……」
「我が娘、アンナ。再三、ここに来てはならない、と言ったのを忘れたのですか? 戦乙女の姫たる者、母たる我の言葉に耳を傾けなければ」
声音こそ穏やかだが静かな怒りのこもった叱責の言葉に、アンナリーヤは震えあがる。先日、新たな娘の出産を済ませて平らになった腹部を、女王はなでる。
「ごめんなさい、お母さま。どうしても、エル姉さまの顔が見たくって。それに、ちゃんと食事をとっているかも心配だから……」
「アンナ、よいですか。エルには、特別な研究を任せています。戦乙女の一族の繁栄に関わる重要なものです。我々は、その邪魔とならないようにしなければ」
「お母さま、エル姉さまに任せた特別な研究とはいったい……」
アンナリーヤの質問をさえぎるように、背後から鉄と石のこすれる音が聞こえてくる。妹姫が振りかえると、ぶ厚い扉が開き、そのすきまから姉姫の姿が現れる。
「あら、母上にアンナまで。わたシのことを、わざわざ迎えに来てくれたので?」
「我が娘、エルヴィーナ。研究の進捗は、どうかしら? 戦乙女の未来のためにも、必ずや我々の代で完成させなければ」
「順調にございます、母上。必要となる資料を、出しおしみなく与えていただいておりますので……このまま進めば、予定まで余裕を持って間にあうかと」
女王と姉君は、アンナリーヤのことを歯牙にもかけぬ様子で会話を交わしつつ、地下通路を歩いていく。
戦乙女の妹姫はエルヴィーナの研究室のなかをのぞき見ようとするが、すでに重い鉄製の扉で閉ざされたあとだった。
アンナリーヤは足元に落としたりんごを拾うと、あわてて母と姉の背を負った。
「エルヴィーナ、って言ったかしら。凍原の戦いで声だけ聞こえてきた女、で間違いなさそうだわ。どうやら複雑な事情を抱えていそうね」
姫騎士の深層心理において招かれざる客であるリーリスとアサイラは、物陰から三人の戦乙女のやりとりを見守っていた。
あごに手を当てて情報を整理するゴシックロリータドレスの女の横で、黒髪の青年は目を細める。
エルヴィーナと呼ばれた戦乙女の姉姫である女、その姿を初めて見たはずにも関わらず、アサイラは妙な既視感を覚えていた。
→【試練】
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