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【第15章】本社決戦 (22/27)【覚醒】

【目次】

【放逐】

「……マスターッ!!」

 声をあげたのは、シルヴィアだった。女たちのなかで唯一かろうじて戦えるだけの余力を残している狼耳の娘は、オートマティックピストルをかまえる。

 トリガーを引くと同時に、パンッ、と乾いた音を響かせて銃弾が発射される。弾丸は、チューブの巨人の頭部、こめかみに命中し、むなしくはじかれる。

『くわアッ! シルヴィア、貴様のマスターは、この儂だ! 駄犬のぶんざいで、飼い主が誰かもわからんのか!! げぼ、げぼお──ッ!!!』

 拳銃のトリガーを、シルヴィアは連続して引く。弾丸は、オワシ社長の身を守る異形の鎧に防がれる。貫通はおろか、表面に傷がついているかも定かではない。

──パンッ、パンッ、パンッ。

 それでも、獣人の娘は撃ち続ける。弾倉の中身を吐き出し尽くせば、素早くカートリッジを交換し、なおもトリガーを引き続ける。

『ッシャア! どこまで、飼い主に牙を立てれば気が済む……ええい! 貴様から先に『おしおき』してくれる!! 念入りになッ!!!』

 タールまみれのぼろきれのようになったアサイラを投げ捨て、オワシ社長の巨体がシルヴィアに向かって歩みを進める。

「アサイラ──ッ!!」

 青年の名前を叫んだのは、『淫魔』だ。生死もさだかではない有様ながら、いまだ白銀の『龍剣』を右手に握りしめている。

 とっさにアサイラのもとへ駆け寄ろうとした『淫魔』は、しかし、足を止める。

 暴れまわる老人の真横を通り抜けることになるし、疲弊したミナズキを放っておくこともできない。だが、それだけではない。

「グヌ……ギギイ、アアァァ……ッ」

 うめき声をこぼしながら、影のかたまりのようになった青年が、背筋をのけぞらせる。タール状の体液のなかから、おなじ漆黒色のなにかが伸びてくる。体毛だ。

 ゴシックロリータドレスの女は、息を呑む。アサイラの身に起きている異常は、『淫魔』には見覚えがある。

「──暴走だわ」

『どういうことですわ、『淫魔』……ッ!?』

 治癒の魔法<マギア>を用いて、龍の首からあふれる血を止めようとしているクラウディアーナが問う。死霊の怨念の残り香か、うまく傷がふさがっていない。

 龍皇女の疑問に答える余裕は、『淫魔』にない。半ば異形と化しつつあるアサイラを、緑色の瞳で、まっすぐに見すえる。

「こっちを見るのだわ、アサイラ──ッ!!」

 青年は、黒い粘液におおわれた頭をあげて、かろうじて露出した蒼黒の眼球を声の主へと向ける。アサイラと『淫魔』の視線が、確かに重なりあった。

───────────────

 アサイラは、割れたガラスのように穴のあいた黄昏色の空の下にいた。視線を降ろせば、地平線の彼方まで肉と血が溶けあった赤黒い海に満たされている。

 天に口をあけた大穴の向こうから、ときおり、軟体生物のようにうごめくかたまりが落下してくる。地を満たす膿汁のなかで、巨大な触手がうごめいている。

 足元だけは、しっかりとしたコンクリートだ。アサイラは、自分の立つ場所が学校の屋上だと気がつく。孤島のごとく、血と肉の大海のうえに浮いている。

 すぐ目の前には、『淫魔』の姿がある。いつもの濃紫のドレスではなく、セーラー服を身にまとっている。青年も、いつの間にか学生服姿になっている。

「──アサイラの、内的世界<インナーパラダイム>だわ」

 ここはどこか、という青年の問いを先取りするかのように、『淫魔』は言う。アサイラは、別の、さらに重大な疑問を呈する。

「クソ淫魔。蒼い星が……俺の故郷が滅びていると、いつから気づいていた?」

「そうね。確証はなかったけど……天文室で、最初に観測したとき」

 ウェーブのかかった髪を人差し指にからませながら、『淫魔』は、ばつの悪そうな笑みを浮かべる。地獄の底のような世界で、アサイラは腕組みし、ため息をつく。

「アサイラ……私を、殴る?」

「……あとで考える」

 上目遣いでためらいがちに尋ねる『淫魔』に対して、青年は簡潔に答える。

「まずは、あのクソジジイ……セフィロトの社長を、ぶん殴る」

「安心した。意見が一致したのだわ」

 アサイラに柔和で素朴な微笑みを向けると、『淫魔』はセーラー服の背を向ける。青年からでも、腐った血肉の海を見すえているのがわかった。

「アサイラ。私が、ここで暴走を抑えるのだわ。あなたは、あの老いぼれと存分に戦ってきなさい」

───────────────

「グ……ヌゥ」

 意識を取り戻したアサイラは、過呼吸気味だった息を吐く。右手には、『龍剣』の柄を握る感触がある。左手の指も、思った通りに動く。

 背中には、金属室の床の冷たい触感がある。自分でも驚くほどに、思考と感覚がクリアだ。青年は、左手をつき、ゆっくりと立ちあがる。

 全身をおおっていた漆黒の粘液が、垂れ落ちていく。一度は伸びかけた体毛が、抜ける。顔をあげれば、異形の巨躯に身を包む社長の背中が見える。

「いよう。クソジジイ……」

 ぼそっ、とつぶやくのようなアサイラの声を聞き止めて、チューブの巨人がゆっくりと振り返る。青年は、両手で白銀に輝く『龍剣』をかまえる。

「……殺し合いをしている相手に背中を向けるとは、ずいぶんと余裕じゃないか」

 赤く禍々しい光をこぼす機械紐の怪物に向かって、アサイラは口元に、不適な笑みを浮かべてみせた。

【蒼輝】

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