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【第2部31章】落ちてくる、この空の下で (14/24)【堅忍】

【目次】

【表明】

「ふむ? なにか……我輩にとって、有利な形の……不確定要素が、働いた……かね」

 超巨大建造物の根本に立つ『伯爵』は、難儀そうに頭をあげる。周囲の地面には見渡す限り、漆黒の重力フィールドが広がり、『塔』の基部を蝕み続けている。

 髭の乱れた伊達男の転移律<シフターズ・エフェクト>、『世界騎士団<ワールド・オーダー>』を構成するひとつ、『塔<タワー>』が持つ能力だ。

 これほどの超巨大建造物となれば、少しでも基礎部分をかき乱してやれば、おのずと自重で崩壊する……はずだった。

 しかし『伯爵』の見立ては、なかなか、思うように進んでいない。偏執狂ともいえるほどの強度だ。『塔』の天頂付近で、なにか大きな衝突が発生したようだが、それでも完全な破壊には至っていない。

「ふむぅ……建築物に対して適切なコメントかは、わからないが……なんとも、まあ、あきれたしぶとさかね……設計者の執念すら、感じるよ」

 髭の乱れた伊達男の声音と表情に、余裕はない。『塔<タワー>』によって展開される重力フィールドは、能力主にも影響を与え、無視できない負荷となっている。

 型くずれを通り越して、完全に潰れ、見るも無惨に平面と化したシルクハットを逆手で撫でながら、『伯爵』はため息をつく。

「やれやれ……我輩にとっては思い出深い、お気に入りの帽子だったのだが……ことが終わったならば、修理を手配するか、はたまた新調するか……」

『──なんとなればすなわち、デズモンド! 『塔』の解体を、急いではくれないかナ!?』

 髭の乱れた伊達男の感傷をかき乱すように、導子通信機から『ドクター』の早口の声が響く。『伯爵』は、再度のため息を吐き出す。

「ふむ……キミが仕事を急かすとは、ずいぶんと珍しいことではないかね。ドク?」

『──すまない、デズモンド。柄にもないことを、言ってしまったかナ……とはいえ、臨界が近づいているのは確かだ。早いに越したことは、ない……』

「いや、こう見えて我輩も、だいぶ無理をして急いでいるのだが……半年という突貫で建てられたのが信じられないほどの頑健さだ。いったい、どんな人物が設計したのかね?」

『──なんとなればすなわち、この『塔』は、モーリッツくんの作品かナ』

「ふむ、道理で」

 髭の乱れた伊達男は、合点の言った表情を浮かべる。旧セフィロト社の元技術解析部主任、あの神経質な導子技術者が手がけた建造物というのならば、このしぶとさにも納得がいく。

「とはいえ、これ以上、どうやって押し込むべきかね……我輩、出し惜しみしているつもりは、ないのだが……」

 苦虫を噛み潰したように口元をゆがめながら、『伯爵』は独りごちる。『塔<タワー>』の重力フィールドを強めることは可能だが、当然、能力主への反動も大きくなる。

 これ以上の出力は、自滅を招きかねない。かといって、ほかの『世界騎士団<ワールド・オーダー>』を起動するほどの余裕もない。魔力も絞り尽くして疲労困憊、すでに青色吐息の状態だ。

 伊達男以外に動いている協力者たちにしても、同様の状態だろう。むしろ帝国の戦力を相手取って、十分に善戦しているレベルだ。だからといって、それで満足できる局面というわけでもないのが、ジレンマなのだが。

──バサリ……バサリ……

 頭を悩ませる『伯爵』は、力強く悠然とした羽ばたきの音を聞く。『塔<タワー>』の重力フィールドの影響範囲では、一般的な動物はおろか、並の魔獣や飛行機械ですら、空を舞うことは困難となるにも関わらず。

「ふむ……これは、これは……」

 ずうん、重い地響きを鳴らしながら、岩山のごとく巨大な存在が、髭の乱れた伊達男のすぐ隣に着地する。人ではないが、『伯爵』にとって見知った相手だ。

 赤茶けた荒野のごとき鱗を持つドラゴン。全身には大小無数の傷を刻まれ、その双翼は痛々しいまでに黒焦げとなっている。この巨龍もまた、いずこかの戦場で死闘をくぐりぬけてきたのだろう。

「ふむ……暴虐龍、ヴラガーンではないかね。龍皇女どのの宮殿以来かな……このような異郷の地で再会するとは、奇遇であることだ」

『シュー、シュー、シュー……相変わらず慇懃で、まわりくどい話し方をする男ぞ。貴族かぶれめ……つうッ』

 ふん、と面倒くさそうに鼻を鳴らした暴虐龍は、苦痛にうめくような声をこぼす。

「貴龍ほどのものが、手負いかね?」

『貸した翼をぞんざいに扱われて、このザマぞ……このがれきの山を崩すというのなら、貴族かぶれ、オレにも手伝わせろ。腹いせだ』

 ヴラガーンは首をめぐらせ、次元世界<パラダイム>に突き刺さる巨大な釘のごとき『塔』の天頂へ視線を向ける。『伯爵』は、せんべいのようになったシルクハットを持つ手で、どうぞ、とジェスチャーを示す。

『──ドオウッ!』

 暴虐龍は、思い切り吸い込んだ空気を肺のなかで圧縮すると、吐息<ブレス>として放つ。呼気の弾丸を穿たれ、盛大な崩落音とともに、超巨大建造物の側面に大穴が開く。

『気に喰わん、気に喰わんぞ……ッ!』

 四肢で地面を蹴ったヴラガーンは、重力フィールドも意に介することなく、『塔』の崩壊地点から首を突っこむ。ふたたび圧縮空気弾を撃ちこまれると、建築材が内側から破裂するように吹き飛ぶ。

『なにもかも……気に喰わんッ!!』

 暴虐龍は、神話伝承に登場する大蛇のごとく身をくねらせながら、超巨大建造物の内部へ潜りこんでいく。不定期に破砕音が響き、ますます壁面に走るひびが大きくなっていく。

「ふむ、さすがは荒ぶるドラゴンといったところかね。この威容を見せつけられれば、千年まえの龍戦争において、龍皇女どのと死闘を演じたという話も、信じざる得ない」

 ヴラガーンの暴虐と『伯爵』の重力フィールドが相互作用を形成して、『塔』の崩壊は加速度的に進んでいく。髭の乱れた伊達男は、耳にはめこんだ導子通信機の調子を確かめる。

「あー、ドク。聞こえるかね? 頼もしい援軍が到着した。『塔』の解体は、どうにか目処がついた。そちらは、崩壊に巻きこまれぬよう注意してくれ」

『こちらでも確認できているかナ、デズモンド。それと、このワタシのことは心配無用だ。たったいま、回収部隊と合流したところだ』

 仔細まではわからないが通信機越しに、初めて聞く女の声がする。あの青年は、この半年のあいだに、伊達男の知らぬ協力者を得たか。

「ふむ、体術のみならず、人望のほうも一目おかねばならないかね。あるいは……あの『淫魔』が、執心するくらいだ。ああ見えて、とんだ色男かもしれない」

 にやり、と口角を歪めた『伯爵』は『塔<タワー>』による重力フィールドの出力をゆるめることなく、眼前の超巨大建造物を見あげる。

 ぴしゃり、と音を立てて、神が怒りを示す稲妻のごとく、ひときわ大きな亀裂が超巨大建造物の側面に走った。

【臨界】

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