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【第15章】本社決戦 (14/27)【社長】

【目次】

【再進】

「中枢部っていうから、どれくらいの防御網が待ちかまえているのかと思ったら……正直、拍子抜けだわ」

「たまに動くものが現れたかと思っでも、機械人形ばかりですわ……これでは、我が伴侶の手を煩わせるまでもありません」

「……『社長』は、人間を信用していないのだな。通常、中枢部にはスーパーエージェントしか出入りはできない」

 アサイラと『淫魔』、龍皇女、それにシルヴィアの四人は、『ダストシュート』を抜け、セフィロト本社の中枢部へと踏みこんだ。

 予想に反して、行く手を遮る障害はほとんどなく、自律型の戦闘機械か、ブービートラップ型のセキュリティシステム程度のものだった。

 廊下と階段を駆け抜けた一同は、目立った消耗もなく、社長室前の隔壁までたどりついた。黒髪の青年は、眼前の扉を見あげる。

「さすがに、こいつは簡単に開くものか?」

「スーパーエージェントなら、生体認証でアンロックできるはずだな。さすがに、こちらのデータが残っているとは思えないが……試すだけ、やってみる」

 かつてセフィロト社のスーパーエージェントであったシルヴィアは、アサイラのかたわらを通り抜け、隔壁のコンソールに人差し指を触れる。

 扉上部のランプが緑色に点灯しする。少しの間をおいて、プシュウッ、と空気を吐き出しつつ、隔壁が左右に開いていく。

「……誘われているようだわ。気にくわない」

「奇遇ですわ、『淫魔』。わたくしも、同感でしてよ」

「罠だとしても……」

 アサイラは、右手に握りしめた大剣の柄の具合を確かめる。

「……ここで引き返す選択肢はない、か」

 三人の同行者が無言でうなずきを返すなか、黒髪の青年は扉の向こう側へと一歩を踏み出す。『淫魔』と龍皇女があとに続き、シルヴィアが最後に入室する。

 侵入者を、即座に迎撃する気配はない。少しばかり歩を進めたアサイラは、周囲を見回したあと、頭上を仰ぐ。

「クソ淫魔の『天文室』に似ている……か?」

「爆破されて吹っ飛ばされちゃったこと、思い出させないでほしいんだけど……ついでに言えば、規模は段違いだわ」

 薄暗く広漠な円形空間は、床が平坦なことを除けば、豪壮なダンスホールか音楽堂を思わせる。

 何十メートルうえの天井はガラス張りで、星々のまたたきのように、無数の次元世界<パラダイム>の光が見える。

 見える範囲には、部屋の主であろう『社長』の姿はおろか、人影ひとつない。

 空間の中央には、巨大な円筒状の機械が鎮座している。節々から緑色の光が漏れる柱型の装置からは、樹の根を思わせる無数のコードが伸びて、床を這っている。

「本社の、メインリアクター、だな……」

 背後から、シルヴィアの言葉が聞こえる。声音が、おかしい。アサイラと、続いて『淫魔』、龍皇女が振り返る。

 声の主は、タンクトップのうえから豊満な胸元を抑えて、荒く息をついている。

 獣人の娘の顔面からは血の気が引き、蒼白になっている。シルヴィアの獣の相である狼の耳は、頭のうえでぺたんと垂れて、先端が小刻みに震えている。

「シルヴィア、だいじょうぶだわ?」

「問題ない、の、だな……」

「そう見えないから、声をかけているのですわ」

 前屈みになる獣人の娘と、戸惑う三人の姿を、病的に明滅するメインリアクターの緑色の光が照らす。

 アサイラは、首を巡らせる。円筒状の大型機械の向こう側、自分たちから死角となっている場所から、装置とは別の輝きがもれていることに気がつく。

「シルヴィア。体調が悪いのなら、無理しないで。ここまでだけでも、私とアサイラは、十分、助けられているのだわ」

「シルヴィアどのは、敵の増援に備えて、部屋の外で見張りをしてもらいましょう、それも、重要な務めですわ」

 獣人の娘を気遣い、『淫魔』と龍皇女が、それぞれ言葉をかける。シルヴィアは、小刻みに首を左右に振る。

 獣人の娘は、社長室の扉、内側のコンソールに手を伸ばし、自らロックをかける。

「一緒に、行く。行かなきゃ……ならないのだな。行かせて、ほしい」

 アサルトライフルを抱えなおしたシルヴィアが、脂汗の浮かぶ顔をあげる。『淫魔』は肩をすくめ、龍皇女は小さく首をかしげる。

 アサイラは、三人の同行者とともに、ふたたび歩き出す。死角となっている部分を確かめようと、メインリアクターを回りこむ。

 そこでようやく、だだっ広い部屋の主を発見する。介護ベッドのように傾いた車いすに身を沈める老人だった。

 侵入者を気にとめる様子もなく、老体は空中に浮かぶホログラム映像を凝視している。その瞳が、視覚情報を認識しているかも疑わしい。

 まるで死にかけの身に、メインリアクターから伸びるコードの幾本もが接続され、緑色に輝くエネルギーを注ぎこんでいた。

「おまえが、セフィロトの社長か?」

 大股で歩み寄りながら、アサイラは、車いすの老人に誰何する。セフィロトの『社長』と思しき老体は、青年の言葉に反応する様子はない。

 黒髪の青年は、いぶかしげな表情を浮かべる。一見すると、痴呆どころか脳死状態のようだ。まっとうな応答ができるようには、見えない。

「聞きたいことが、ある……耳が利かないのか?」

 車いすの老人は、なおも返事をしない。異様に見開かられた双眸は、ホログラム映像を凝視し続けている。

 アサイラは、老人の視線の先をのぞきこむ。ホログラムが映し出しているのは、本社外殻部の各所におけるリアルタイム映像のようだった。

 通風孔から吹き出す高熱の炎に焼き殺される社員たち。『ダストシュート』を制圧できずにいる警備兵たち。いままさにカメラが機能停止し、暗転する映像もある。

「……シルヴィア」

 首を動かすことなく、ようやく『社長』が言葉を紡ぐ。骨と皮だけの老人は、四人のなかで最後尾に立つ獣人の娘の名を口にする。

 かつてセフィロト社に所属していた、元スーパーエージェントであるシルヴィアは、その顔面からいっそう血の気が引き、無数の冷や汗が粒のように浮かぶ。

「儂の言葉が聞こえているのなら、返事をせんか……この侵入者どもを、早急に始末しろ。いまなら、『お仕置き』で許してやる……」

 いまにも消え入りそうにかすれながら、妙な重みを持った声が社長室に響く。『お仕置き』という言葉を聞いたとたん、獣人の娘はがくがくと全身を震わせる。

 ひざが砕け、倒れこみそうになるシルヴィアを、細い双腕が抱き止める。華奢な上肢に似合わぬ膂力で獣人の娘を支えたのは、龍皇女、クラウディアーナだった。

「……安心してください、シルヴィアどの。わたくしたちが、そなたと一緒ですわ」

 柔らかい乳房で迷える娘の顔を優しく包みこみ、龍皇女は慈母の表情を浮かべる。

 クラウディアーナに身を預けるシルヴィアをかばうように、紫色のゴシックロリータドレスに身を包んだ『淫魔』が立ちふさがる。

「社長だかなんだか知らないけど、そこの老いぼれ! 私の声が聞こえている!?」

 己の人差し指を、『淫魔』は『社長』に向かって突きつける。ウェーブのかかった前髪ごしにのぞく緑色の瞳には、明確な怒りの光が宿っている。

「シルヴィアはね。あなたなんかより、よっぽどいいマスターを見つけたのだわ。あきらめることね……それとも、いい歳して、曾孫ほどの女の子にご執心!?」

「──シャアッ!!」

 かんしゃくを起こしたような『社長』の奇声が、『淫魔』の糾弾を途切れさせる。老人の目は、見開かれたまま血走り、ぐるぐると眼孔のなかを回転する。

「どいつもこいつも、役に立たん……シルヴィア、儂に受けた恩を忘れたのか……!? 『伯爵』と『ドクター』は、なにをしている……ッ!!」

 まるでだだっ子のように、老人は枯れ枝のような両腕を空中に振り回す。

「カネも、エネルギーも……時間すらも有限だというのに……なぜ、わからん!!」

「……そろそろ黙らないか、クソジジイ」

 アサイラの右手が、『社長』の胸ぐらをつかむ。わずかに身体が浮いて、老人は小さくうめく。

「おまえのような死に損ない、その気になれば、いますぐにでも殺してやる……忘れるな、クソジジイ」

「……フン。儂の命は、そう長くはないだろうな」

 怒気のこもった声音ですごむ青年に対して、どこか虚ろな瞳で『社長』がつぶやく。老人の双眸は、ここではない、どこか遠くを見つめていた。

【傲慢】

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