【第2部8章】星を見た塔 (8/16)【中心】
【分析】←
「我輩がこのまま突き進めば、レーザー網によって八つ裂きとなるかね! かといって急停止すれば、次の狙撃で格好のマトとなるわけだ!!」
窮地をまえにして過剰分泌されるアドレナリンが、『伯爵』を饒舌にする。多機能片眼鏡<スマートモノクル>には、「Alert」の表示が点滅する。
レンズに表示される情報を、再確認する。これまでのレーザー攻撃の軌跡から推測される反射角度と予想弾道が、ワイヤーフレームで視界に重なっている。
「立場が逆であれば、『チェックメイト』と快哉を叫ぶところかね!? あるいは、『ツーク・ツワンク』といったところか……ッ!!」
キャスケット棒の伊達男は、パワーアシストインナーの力も借りて、百メートル十秒台のスピードで疾走している。速度は、緩めない。
輝跡のギロチンが、見る間に近づいてくる。つつっ、と『伯爵』の額を冷や汗が伝う。収束された光線によってイオン分解された空気の臭いが鼻を突く。
キャスケット帽のひさしが、レーザー網に触れる、その寸前──
「──フンッ!」
カイゼル髭の伊達男は、左手に握っていたサーベルの鞘を突き出す。光の多芒星、その頂点の一端を先端が軽く小突く。
次の瞬間、レーザーの封鎖網が消滅する。来た道を逆行するように、光条が廊下の奥へ向かってジグザグに走っていく。
「……スティルメイトには、まだ早いッ!」
輝跡のギロチンに接触する寸前、『伯爵』は網を形作るための反射ミラーのひとつをつつき、その角度を絶妙に変化させた。
歴戦の元エージェントの狙い通り、致死的な光線の形状はほどける。キャスケット帽の伊達男は、レーザー網のあった場所をそのまま駆け抜ける。
スモークグレネードの煙幕が、薄くなる。もはや、隠れ蓑としての役割は果たせまい。『伯爵』は、推定発射間隔の三秒をカウントする。レーザーは来ない。
「……ぎゃ」
進行路を曲がったさらに奥から、小さな悲鳴が聞こえる。元エージェントの聴覚が、それを捕らえる。逆行した光線の行きつく先と一致する。
「ふむ、そろそろエンドゲームといったところかね?」
廊下の突き当たりは、入ってきた方向と同じようにT字路となっている。『伯爵』は煙幕弾の霧から完全に抜け出し、耳に届いた声を頼りに右折する。
曲がった先は、そう長くはない。開けはなたれた大型の隔壁の向こうに、闇が満ちている。伊達男は、迷うことなく飛びこむ。
右手に高速振動サーベルを握り、左手に鞘を持つ『伯爵』は、ようやく歩速をゆるめる。隔壁の向こう側、コンクリートの階段をゆっくりと降りていく。
キャスケット帽の伊達男が見おろす先には、左手で右肩をおさえる若い男の姿があった。顔に脂汗を浮かべながら、『伯爵』を見あげかえす。
「貴公が、この『塔』の占拠者たちにおける首魁とみなしてかまわないかね?」
対峙する相手は、白いタキシードを身にまとっている。左手で抑える肩口からは、出血と思しき赤い染みが広がっている。逆行したレーザーに射抜かれたのだろう。
「ふむ……なかなかに優れたファッションセンスの持ち主かね。我輩、貴公のような洒落のわかる男は嫌いではない」
悠然とコンクリートの段を降りながら、『伯爵』は相手を観察する。状況から見るに先ほどのレーザー攻撃の能力者は、この男で間違いないだろう。
そして、もっとも強力かつ防衛向きの戦力が配置されていたことから、この場所が占拠者たちにとっても重要なポイントであることは確かだ。
キャスケット帽の伊達男は、眼前の白いタキシードの相手に注意を払いつつ、周囲の様子を一瞥する。
大規模な天然洞窟だ。ところどころに石柱が伸び、向こう側の岩壁は闇に呑まれて視認できない。
雄大な自然の造形を浸食するように、真上の『塔』から伸びてきた大小さまざまなパイプ群が地面に突き刺さっているが、いずれも機能は停止しているようだ。
「アストランの先史文明の人間たちは、次元世界<パラダイム>そのものからエネルギーを吸い出そうとしたのかね? あまりよいやり方だとは思わないが」
なにより多機能片眼鏡<スマートモノクル>に表示された環境導子密度は、荒野で見られた千倍以上の数値を計測している。
次元世界<パラダイム>の規模から試算した、ドクの計算結果ともおおむね一致する。キャスケット帽の伊達男は、息を呑む。
「間違いない。ここは……」
この地下洞窟が、『伯爵』のひとつめの目的地……魔法<マギア>文明では『聖地』と呼ばれることもある、次元世界<パラダイム>の中心だった。
→【騎士】
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