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【第15章】本社決戦 (18/27)【消魂】

【目次】

【奮戦】

「アサイラ、立つのだわ! はやく、起きあがりなさいッ!!」

「グッ、ヌゥ……」

 必死に叫ぶ『淫魔』の声が、アサイラの耳にはどこか遠くに聞こえる。オワシ社長にの見にまとう異形の巨人が、床を踏みしめる振動を全身で感じとる。

 だが、身体が動かない。老体の独演に、野次のひとつでも挟んでやろうとは思っても、わずかな声すら絞り出せない。

 確かに、ダメージは大きかった。だが、それだけではない。肉体のみならず、心の奥底までもが、ひどく重い。

(あの世界──『蒼い星』は、儂の目の前で滅び去ったわッ!!)

 老人の言葉が、青年の脳裏でリフレインする。意識が、混濁していく。すぐ目の前に差し迫った驚異があるというのに、どこか他人事のように感じてしまう。

『げぼ、げぼお……ッ! 若造の狼藉のおかげで、老体に要らぬ負担がかかったわ。儂は、まだまだ死ねんというのに……生命力を、補充せねば、な』

 オワシ社長が、誰に言うでもなくつぶやくと同時に、円形の社長室の中央に鎮座するメインリアクターから漏れる光が、いっそう激しく輝き出す。

──ギイイィィィンッ。

 耳障りな金切り音が、周囲に反響する。円筒状の機械装置から明滅する緑色の光が、鮮血のような赤へと変化し、無数の機械紐で接続された巨人へと流れこむ。

 オワシ社長は、身をおおう巨体を深呼吸するかのように動かす。心なしか、異形の躯体は一回り大きくなったように見える。

<AlertAlertAlertAlertAlertAlertAlertAlertAlertAlertAlertAlertAlertAlert>

 メインリアクターの慟哭に重なるように、システムが警告メッセージをがなり立てる。巨人の頭部の周囲に、ホログラム映像が展開される。

「リアクターのオーバーロード……本社内の環境維持装置が、停止してしまうッ!」

 メッセージの意味するところを理解したシルヴィアが、悲鳴じみた声をあげる。社長は動じる様子もなく、むしろ、わずらわしそうにホログラム映像を一瞥する。

『……ッシャア! この程度で死ぬような社員を、雇った覚えはないわ!!』

 警告の詳細を告げる宙空の映像を、巨人の左腕がなぎはらい、かき消す。無貌の頭部は、彷徨するように、透明な天井ごしの星空を仰ぐ。

『生きて役に立たぬのなら、死を以て儂の天命に奉仕するがよい! げぼオッ!!』

 わめき立てる老人の身を包むチューブの群れが力強く、しかし病的に脈打ち、のたうち回る。包囲する女たちの、緊張が高まる。

 機械仕掛けの蛇たちが、社長室の中心であり、本社の生命線であるメインリアクターを床から引きはがし、社長の身に引き寄せていく。

 老人が埋没する異形の巨人は、自らの背骨とするようにメインリアクターを体内に取りこむ。もはや、オワシ社長は傍目にもわかるほど、一回り体格を増していた。

───────────────

──ガチャリ。

 女子社員たちが慌ただしく手荷物をまとめ、更衣室から駆け足で出て行いったあと。無人になったロッカールームに、キャビネットの扉の開閉音が響く。

「あわわ、おっとっと……」

 収納スペースのなかから、よろめきつつ出てきたのは、リボンとフリルで飾りたてられた魔法少女のコスチュームに身を包むメロだ。

 続いて、抜き身の刀を手にした着流し姿の女──リンカが、更衣室の床を踏む。灼眼の瞳を細め、周囲の様子をうかがう。

「……さもありなん。なにが起こっているのよな」

 警備兵たちの執拗な追跡をかわしつつ、セフィロト本社の要所に火計をしかけてきた二人がロッカールームに身を隠して、すぐに異変は起こった。

 あちこちの部屋から廊下に至るまで、つんざくような警報音が鳴り響いている。地震のような振動が、止むことなく継続的に続いている。

 白く冷たい照明がなんどか明滅すると、一瞬、あたりが暗闇に包まれたのち、薄暗い非常灯に切り替わる。

「なにか、様子がへんなのよね……リンカさん、どうしよう?」

「のんべんだらり……ここに居続けるのが、悪手なのは確かなのよな」

 リンカは、更衣室の出入り口に近づく。どたどた、と騒がしい足音が聞こえてくる。気配を殺し、灼眼の瞳を細めて、廊下の様子をうかがう。

 スーツ姿の一般社員も、武装した警備兵も、区別無く血相を変えた様子で同じ方向に駆け抜けていく。手元の地図を確認すると、中枢部とは逆向きの方向だ。

 不安げなメロの視線を背に受けながら、リンカはロッカールームの外に注意を払い続ける。侵入者を意に介する余裕もない有り様だ。

 やがて、人の群れが走り抜けて、断続的な振動音と耳障りな警報音だけが反響するばかりになる。どこか遠くで、なにかが崩落する音が聞こえてくる。

 意を決して、リンカは更衣室から通路へと出る。着流しの背で、メロが不安げな表情を浮かべる。

「あわわ……リンカさん、だいじょうぶ!?」

「……たぶん、な」

 着流しの女は、刀の握りを確かめつつ、自分たち以外の人の気配を探る。なにも、感じない。無人の荒野か廃屋を思わせる様相だ。

「さもりあなん……差し当たって、皇女さまやおシルと合流したいところよな。アサイラの旦那を見つけたら、中枢部に向かう……って話だったか」

 ぱらぱら、と音を立てて、はがれた内装や小さな瓦礫が落下してくるなか、リンカは慎重に歩き出す。そのあとを、メロが慌てて追いかける。

 少しずつ、確実に強くなっていく振動に難儀しながら、リンカとメロは中枢部に向かって歩を進める。と、着流しの女が急に足を止めて、魔法少女がその背にぶつかる。

──プシュウッ。

 圧縮空気が吐き出される音とともに、廊下のかたわらの自動ドアが、ひどくたてつけが悪そうに開く。

 二人は、一瞬で警戒を強め、リンカは一振りの『龍剣』を、メロは二輪のフラフープをかまえて臨戦態勢をとる。

「わあっ、このまま閉じこめられるところだった……無理矢理ロック解除して、大正解ということね!」

 リンカとメロは、目を丸くする。スライド式の扉の向こうから出てきたのは、水色のワンピースに身を包んだ無防備な少女だった。

 メロよりも年下らしき明らかに戦闘員ではない女の子に対して、二人は、一度は得物を構えた腕を降ろす。対する少女は、見慣れぬ人影に視線を向ける。

「わあっ。お姉ちゃんたち、だあれ。社員さんじゃないわよね?」

「のんべんだらり、アタシたちは……」

 リンカがいいわけを思案しているすきに、少女は無邪気に間合いを詰めてくる。その興味が、着流しの女の背後に隠れるメロのほうに向く。

「わあっ、わあっ! お姉ちゃんのドレス、すごくかわいい……っ!!」

 メロは、一瞬だけリンカと視線を交わすと、純真無垢な瞳を輝かせる少女に対してとびっきりのスマイルを向ける。

「えへへ。なにを隠そう、メロは……魔法少女、ラヴ・メロディなのよね! こっちは、マネージャーのリンカさん!」

「わあっ、すごい! 魔法少女って、アニメのなかだけじゃなくて、本当にいるってことね! あ。ララはね、ララっていうの。よろしくね、お姉ちゃんたち!!」

 非常事態を意に介する様子もなく、少女は丸く見開いた瞳を輝かせて、メロの手を握る。魔法少女は、ファンサービスするアイドルのように、それに応える。

 二人の少女の和気藹々とした様子に、安堵のため息をついたリンカは、ララと名乗った女の子の顔をのぞきこむ。

「さもありなん……お嬢ちゃん。いまここで、なにが起こっているか、わかるか?」

「……たぶん、メインリアクターの異常ということね」

 少女は、メロから手を離し、人差し指を己のあごのしたに当てて思案する。

「エネルギーの供給以外は、本社は各ブロックごとで機能が独立しているし……サブ電源の異常なら、ここまで大規模な問題が発生することはないだろうから……」

 およびもつかない知性の光を瞳に宿した少女に対して、今度はリンカとメロが目を丸くする。

「とりあえず、二人ともララについてきて! メインリアクターを修理するなら、社長室まで行かなきゃいけないし、ここにいるより安全ということね!!」

 建造物全体の揺れを意に介する様子もなく、ララと名乗った少女は軽やかに駆けはじめる。少し遅れて、リンカとメロもそのあとを追った。

【試行】

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