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【第2部19章】終わりの始まり (3/8)【冒涜】

【目次】

【捕食】

「氏族長サマ。全身にタチの悪い病巣を飼っておいて、まさか完治したとでも思っていたのか? オマエな、オレの転移律<シフターズ・エフェクト>で『死なない』ようにしてやっていただけなのさ」

 征騎士ロックは、ひざを曲げて、老ドヴェルグの顔をのぞきこむ。グスタフ氏族長の巨体は、びくびくと小刻みに震え、口からは淀みきった血液があふれ続けている。

「うぶぶぶ──ッ!」

「……あギがッ!?」

 征騎士ロックの頬へ向かって、もはや死に体と思いこんでいた老ドヴェルグの丸太のような巨腕が一閃する。帝国精鋭は直撃を喰らい、大きく吹き飛ばされる。

 大入道の上半身が、ゆっくりと起きあがる。老ドヴェルグは、奥歯を噛み砕かんばかりの憤怒の形相を浮かべる。

「これは驚いた。平均的な人間型種族では、とうてい身動きできるような容態ではないだろう。老いても、病んでも、ドヴェルグの豪傑……ということかな」

 白衣のプロフェッサーは冷ややかな声音で、臨戦態勢をとろうとする老ドヴェルグを観察する。『脳人形』と化したカマルク氏族の若者たちが立ちふさがり、長に対して顔色ひとつ変えずに拳銃のトリガーを引く。

 凍原の下に眠る地底の『聖地』を冒涜するように、無数の銃声が反響する。グスタフ氏族長の躯体から肉と血と膿がまき散らされて、高純度の魔銀<ミスリル>鉱脈の岩肌を汚していく。

「うぶぶぶ。許さん……許さんぞ……許さんもんで……ッ!!」

「ますます驚嘆にあたいする。末期の全身腫瘍に加えて、銃創の痛みにまで耐えているというのか? 恐るべきはドヴェルグのタフネスか、はたまた個人の特性か……肉体をラボに持ち帰って、詳細に分析する必要があるだろう」

 白衣のプロフェッサーは、ぶつぶつと科学者としての所見をつぶやく。グスタフ氏族長はなりふりかまわず、輿に積んでいた魔銀<ミスリル>製の銛をつかみ取る。

「わしゃあ、ドヴェルグの……カマルク氏族の故郷を、誰にも侮辱させん……踏みにじらせは、しないもんで……ッ!!」

 種族の寿命をはるかに越えた老齢に、とうに余命を使い切ったであろう重傷の病躯すらものともせず、グスタフ氏族長は蒼碧の輝きを放つ銛をグラー帝へと投げつける。

 侵略帝国の専制君主は、微動だにしない。『脳人形』化されたドヴェルグの一人が自ら盾となって、グラー帝のまえに割りこみ、長の一撃を受け止める。

 カマルク氏族の若者は、心臓を銛で深々と貫かれ、周囲に鮮血をまき散らす。大入道は、上半身だけの力で投擲した勢いあまって、地面に倒れこむ。

「うぶぶぶ! 同胞を盾にしおって。わしゃあ……無念、痛恨だもんで……ッ!!」

 膨れあがった顔を土まみれにしながら、グスタフ氏族長はグラー帝のもとへと這い寄ろうとする。侵略帝国の専制君主とその側近たちは、冷ややかに老ドヴェルグの醜態を見下ろす。

「ふむう。生命体としては、とうに限界を迎えているだろう。それでも、なお動き続けるのは、執念と怨恨の力か……屍術の魔法<マギア>の使い手なら、喜んで活用しそうなエネルギーだが……ロック卿は、どう思う?」

「そこらへんは、『魔女』のほうが詳しいんじゃないか? ま、年寄りがいつまでも出しゃばっていると嫌われるのさ、氏族長サマ……老害ってヤツだ」

「ぶボっぐ──ッ!?」

 キュルキュルキュルッ、と甲高く耳障りな音が地下空間に響く。きらり、と細いラインがきらめくと、老ドヴェルグの頭部、両目からうえが切断される。

 大入道の初撃で吹き飛ばされた征騎士ロックが、岩壁に寄りかかりながら利き腕を伸ばしている。指先から放たれた導子兵装『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』が、大入道の命を刈り取る。

 頭蓋を失い、淀んだ血とにごった脳漿をぶちまけながら、グラー帝へ肉薄しようとしていたグスタフ氏族長は、ようやく動かなくなった。

「さて、氏族長どの。さきほど言ったとおり、きみの外側は有効活用させてもらう……ああ、戦乙女たちの排除は、きっちり遂行するつもりだ。悪くはないだろう?」

 白衣のプロフェッサーは、外科手術用のマスクと手袋を着用しながら、老ドヴェルグの死体へと歩み寄る。

 携えていたアタッシュケースのなかから種々様々な医療器具を取り出し、巨躯の屍に接続していく。最後に、失われた頭部を補うように透明な人工頭蓋をあてがう。

「少々サイズがあわないが……まあ、急場をしのげれば、それでよいだろう。頭皮の再形成も不要だな。兜でもかぶせておけば、用は足りる」

 序列2位の征騎士は、電動ドライバーを手にねじをまわして人工頭蓋を固定する。およそ医療行為というよりは、機械人形を組み立てるような様相だ。

「よし、これでいいだろう……写し出せ、『脳髄残影<リ・ブレイン>』」

 白衣のプロフェッサーは人工頭蓋に手をかざし、自身の転移律<シフターズ・エフェクト>の名をつぶやく。

 すると透明な容器を満たす髄液のなかに浮かぶように、『脳』そのものが現出する。序列2位の征騎士の脳の、純然たるコピーだ。

 この転移律<シフターズ・エフェクト>によって頭の中身をすげ替えられた存在こそが『脳人形』であり、白衣のプロフェッサーと同じ思考をする分身と化す。

「ここまでの行程は悪くない……とはいえ、時間もない。手早く済ます必要があるだろう」

 序列2位の征騎士は、巨体のドヴェルグの首筋に、高濃度の再生剤と抗生剤、鎮痛剤とカンフル剤の混合液を立て続けに注射する。さらに、心臓へ電気ショックを加える。

「ブぼ……ッ!?」

 老ドヴェルグの躯体は全身を震わせると、背筋をのけぞらせて、吐血する。プロフェッサーは、白衣を血反吐で汚しながら、手の甲で額の汗をぬぐう。

「よくないな。高速再生剤の影響で、全身の悪性腫瘍が活性化しているのだろう……ロック卿、再度になるが『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』を頼む」

「……了解なのさ、プロフ」

 軽く頭を降りながら歩み寄る征騎士ロックは、自分を殴りつけた大入道の首の裏をつかむと、己の転移律<シフターズ・エフェクト>を発動する。

 次元転移者<パラダイムシフター>ふたりがかりの異能によって、老ドヴェルグの肉体のけいれんと吐血がようやく止まる。

「これで、よし……と。即席にしては、悪くない出来だろう」

 外科手術用のマスクと手袋、それに血まみれの白衣を処分しながら、プロフェッサーは淡々と己の仕事を反芻する。

 ついさっきまでグスタフ氏族長『だった』老ドヴェルグは、意思を感じさせない淀んだ目つきで上半身を起こした。

【扇動】

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