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【第2部26章】ある導子学者たちの対話 (8/16)【半々】

【目次】

【変造】

「『暫定解答<ハイポセシス>』、再生を急ぎたまえ! なんとなればすなわち……第2陣は、すぐそばまで近づいているかナ!!」

 背中の傷を泡立たせながら自身を再構成する有機物塊を背中にかばうように、轟音の聞こえる方向に対して、ドクター・ビッグバンは仁王立ちする。

 数秒と経たずに、通路の内壁をえぐりながら迫る正体が、かどを曲がって姿を現す。迫り来る驚異を目視した白衣の老科学者は、眉根を寄せる。

「なんとなればすなわち、これは……生物のようにうごめきながら、全身が金属片とカーボンフレームで構成されていて、有機生命体とは思えない。かといって、戦闘機械としては不格好すぎる……鉄製の長虫<ワーム>、いや……大蛇と呼ぶのがふさわしいかナ!?」

 金属製の大蛇は、ドクター・ビッグバンと『暫定解答<ハイポセシス>』をすり潰さんと突っこんでくる。同時に、胴体から重機関銃がせり出し、重金属飛礫をまき散らす。

 1人と1体は、その場でうつ伏せになると『状況再現<T.A.S.>』による演算で安全地帯を割り出し、濁流のごとき暴威をやり過ごす。白衣の老科学者は、走り抜ける金属製の大蛇をあおぎ見る。概算で、全長30メートルはある。

「無機生命体が支配種族の次元世界<パラダイム>から連れ出した存在……という仮説はロマンあふれるが、違うかナ。これもまた、征騎士の転移律<シフターズ・エフェクト>の産物と考えるのが自然ッ!」

『当然の結論だろう、『ドクター』……こいつの名は、『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』という!』

 通路の突き当たりまで走り抜けた金属製の大蛇は、身をくねらせ、ふたたびドクター・ビッグバンのもとへと戻ってくる。今度は、搭載ミサイルが側面から頭を出したかと思うと、そのまま発射される。

 白衣の老科学者は、随伴者の有機物塊に抱えられて、横っ飛びで回避する。『塔』の内壁にミサイルが着弾し、爆風とともに、大量の瓦礫と奮迅をまき散らす。

「なんとなればすなわち、モーリッツくん! キミたちの拠点だろうに、容赦がないかナ!?」

『人体でも、ウィルスに感染した細胞は免疫によって破壊される。『ドクター』、それと同じことだろう』

 ドクター・ビッグバンは、館内放送の声を聞き流し、白く大柄な人型を一瞥する。『暫定解答<ハイポセシス>』の再生度合いは、8割強。膂力と運動性に問題はないが、無理な挙動をとらせれば、傷口の広がる恐れがある。

 爆煙のなかから、金属製の大蛇が戻ってくる。白衣の老科学者は苦虫をかみ潰したような表情を浮かべて、わずかに思案し、決断する。

「なんとなればすなわち、このシチュエーションであれば、やむを得ないかな……行け、『暫定解答<ハイポセシス>』ッ!」

 創造主の命令に従い、白い有機物塊が迫り来る無機物の長虫のまえに立ちふさがる。両腕を広げた『暫定解答<ハイポセシス>』が、『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』の頭部を受け止める。

「──……ッ!」

 白く大柄な人型が、大蛇の突進を押しとどめる。無機物の長虫が身をのたうたせて有機物塊を振り払おうとし、ドクター・ビッグバンの被造物も相手を押さえつけようとする純粋なパワー勝負が繰り広げられる。

 質量を含む運動エネルギーでは『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』が圧倒しているが、膂力だけならば『暫定解答<ハイポセシス>』も負けてはいない。床に轍を作りながら、突進の勢いが少しずつ押しとどめられる。

 それでも、白衣の老科学者が産み出した有機物塊の機能は万全ではない。損傷の再生状況は9割前後。フルパワーの出力の反動で、ふさがりかけた傷が広がりはじめる。

『戦況は、悪くない……好機だろう。一気に攻めたてろッ!』

 館内放送に乗って、指示が響く。白く大柄な人型がしがみつく金属製の大蛇の頭部から、回転翼が現出し、肉を削りとり、ついには両腕を切断する。『暫定解答<ハイポセシス>』は、大きく後方へ転がりこむ。

『あとは、『ドクター』をしとめるだけだろう……待て、どこへ消えたッ!?』

 戸惑いを隠せない声音が、スピーカーから聞こえてくる。ドクター・ビッグバンは、有機物塊の影、相手の死角から身軽に跳躍して宙を舞うと、無機物の長虫の背へ着地する。

「この大蛇……導子兵装としては不格好にすぎ、転移律<シフターズ・エフェクト>としては複雑にすぎる。なんとなればすなわち、このワタシは各々半々の特性をあわせ持った存在と仮定したが……どうかナ、モーリッツくん?」

『貴方という人は、『ドクター』ッ! どこまでも、ぼくのことを……!!』

「そして、導子兵装であるならば……ハッキングの余地がある、ということを意味しているッ!」

 のたうつ大蛇のうえでロディオのようにバランスをとりながら、白衣の老科学者はその背にひざを突き、装甲の隙間へ向かって右人差し指を突き刺す。

 無機物の長虫が、いっそう激しく全身をけいれんさせ、床に、壁に、傷をうがっていく。装甲の隙間から、青白い火花が飛び散る。未練がましく小さなパーツを震わせながら、やがて『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』は動きを止めた。

【飽和】

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