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【第2部9章】月より落ちる涙一粒 (4/16)【提案】

【目次】

【出生】

「此方にもなにか、お手伝いできることはないかしら?」

「気持ちだけありがたく受け取っておくね。長旅で疲れているんでしょう? すぐに寝具を用意させるから」

 夕餉をすませたあとエルフの女たちに尋ねたミナズキは、やんわりと遠慮される。焚き火にあたりながら腰をおろしたままのメロが、その様子を見あげる。

「ミナズキさん、本当にまじめなのね」

「メロのほうこそ、少しくつろぎすぎではないかしら」

 黒髪のエルフ巫女は手持ちぶさたに、金髪のオールバック少女はリラックスしてすごしていると、村の子供たちがなにかをかかえて持ってくる。

「これは……網? なにに使うものかしら」

「ハンモックなのね! メロも実物を見たのは初めてだけど、まえから使ってみたかったの!!」

 ミナズキが首をかしげ、メロが瞳を輝かせながら立ちあがる。エルフの子供たちは慣れた様子で集会所の柱をよじ登り、建物の梁にハンモックを吊していく。

「族長どの。わたくしたちを、森の『聖地』に案内してもらえませんこと? ミナズキ……あの黒髪の娘に、見せてあげたいですわ」

 囲炉裏のそばに座るクラウディアーナは、火箸で熾に灰をかける若い族長に話しかける。エルフの村長は、少し困ったような表情を浮かべる。

「ふん。無駄じゃ無駄じゃ。頑固者のエルフどもは、よそ者の言うことなどに耳を貸さぬわ……ぶあっ!!」

 すぐ横で暖をとるカルタヴィアーナのへらず口を、姉龍はほかのエルフたちから見えないように尻をつねって黙らせる。

「あんたの言いたいことはわかるよ。ミナズキ、だっけ。あの娘の一族が守り続けていた場所なわけだし……でも、それだけかい? ほかに目的があるんだったら、正直に教えてもらいたい。俺たちにとっては、いまも大事な『聖地』なんだ」

 クラウディアーナを見る族長の瞳が、猛禽のように鋭く光る。龍皇女はあくまで柔和な表情で、人となりを吟味しようとする視線を受け止める。

「質問を質問で返すようで、心苦しいですが……いま、『聖地』はどのような状態にありますか? 守人の一族がいなくなったのなら、放置されていてもおかしくはないですわ」

 高貴な気配をまとう銀髪の女の言葉を聞いて、エルフの族長の火箸を動かす手が止まる。ディアナの純白のドレスは、手づかみで食事をとったにも関わらず、汚れのひとつもついていない。

「まあ……あんたの言うとおりだな。言いにくいことだけど、ほったらかしだ。『聖地』を奉る儀式の秘伝は、守人たちと一緒に『落涙』に呑まれちまった……」

 若き村長はクラウディアーナから視線をそらし、どこか遠くを見つめるように目を細める。

「実際に見てみなければ、なんとも言えませんが……可能であれば、わたくしたちの手で『聖地』を整備したいのですわ。できるのならば、祭殿の修復なども」

 エルフの族長は龍皇女のほうを振り向き、目を見開く。クラウディアーナは柔和な表情を崩さずに、小さくうなずきをかえす。

「『聖地』の整備と聖別は、本来、とても重要なおこないですわ。『落涙』から守るために、きっと役に立つはず」

「あんた、そこまでのことを……いや。本当にそんなことができるのか?」

「無理に決まっておるわ! それ以前に、貴様はいつも勝手に話を進め……ぷあッ!?」

 両腕を振りあげてかんしゃくを起こしかけたカルタヴィアーナの頬を、姉龍はつまみ、強く引っ張って黙らせる。

「ミナズキ。少しよろしいですか?」

「はい、皇女陛下。なにか御用でしょうか」

 メロやエルフの子供たちと一緒にハンモックのなかに毛布を敷きつめていた黒髪のエルフ巫女は、小走りで龍皇女のもとへ駆け寄っていく。

「なにを隠そう、このミナズキ。遠き土地に逃れたあと、故郷を厄災から守るため魔術師としての修行を詰んできたのですわ」

「──ッ!?」

 よどみなく言ってのけたクラウディアーナの言葉を聞いて、黒髪のエルフ巫女と若き族長は、ほぼ同時に驚愕の表情を浮かべる。

(龍皇女陛下! 此方、父上の指導のもと符術巫の教えを受けたのは事実ですが──)

 慌ててクラウディアーナに耳打ちするミナズキは、そこまで口にして言いよどむ。

 黒髪のエルフ巫女が、陽麗京という名の次元世界<パラダイム>で修得した『符術』と呼ばれる魔術体系は、呪符を用いることで発動する。

 そして、呪符の材料となる霊紙は、ここまでの長い旅のなかですべて使い切ってしまった。いまのミナズキには、ろくな魔法<マギア>も使えない。

(うふふふ。だいじょうぶですわ、ミナズキ。ここはわたくしに話をあわせて?)

 龍皇女が黒髪のエルフ巫女の耳元にささやき返す。ミナズキは、崇敬の念を抱くクラウディアーナにそう言われてしまっては、従うほかない。

「なるほどな。最初に見たときからただ者ではなさそうだと思っていたが……つまり、あんたがその娘の師匠ってわけかな?」

 あぐらをかきなおし、思案するように腕組みしながら、エルフの族長がクラウディアーナに問う。

「いえ、わたくしは先導者にすぎませんわ。それでも、ミナズキが優秀な魔術師であることは、この眼で確かめています……ときに『聖地』への案内のほうは、いかが?」

 若き村長はまぶたを閉じ、眉間にしわを寄せて思案する。その間、嘘をつくのが苦手なミナズキは、ボロを出さぬよう緊張したまま黙りこむ。

「わかった、案内しよう。今日は夜もふけたし、明日でよいかな。とりあえず、ぐっすり眠って長旅の疲れをとってくれ」

「はい。心遣いに感謝ですわ」

 クラウディアーナは宝石のような微笑みを浮かべて、会釈する、エルフの族長は思案顔のまま立ちあがり、囲炉裏から離れて、自身の決定を同族へ伝えにいく。

「気に喰わんわ。ディアナ、貴様はいつもなんでも勝手に決める……」

 不機嫌そうに頬をふくらませたカルタヴィアーナは、頭のうしろで手を組みながら、ごろんと床板のうえに寝転がる。

(龍皇女陛下。此方はいったい、なにをすればよいのかしら……?)

 口元を手で隠したミナズキは、可能な限り小声でクラウディアーナに質問する。龍皇女は、その柔唇を黒髪のエルフ巫女の耳元に近づける。

(族長どのに言ったとおりですわ。ただ、ミナズキにはもうひとつやってもらいことがあります)

 龍皇女はまだ、さらに何事かを考えている。見たことのない『聖地』の、やったことのない聖別ですら重圧なのに、さらなる責をちらつかされて黒髪のエルフ巫女は息の詰まりそうな緊張を覚える。

(ミナズキ。そなたは、この次元世界<パラダイム>──アーケディアと契約を交わすのですわ)

 想像もつかない巨大なスケールの話をさも当然のようにささやかれて、ミナズキは思わず大声をあげそうになり、慌てて両手で自分の口をおさえた。

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