【第12章】龍たちは、蒼穹に舞う (9/12)【勝者】
【鉄杭】←
「グゲラグゲラ、叡智は無情にて! ずいぶんと粘られたが……手前たちの勝利ダナ、ヴラガーン!!」
白髪のギルド魔術師が、岩肌にゆっくりと墜ちていく側近龍を見おろしながら、調子外れに手をたたきつつ、哄笑する。
初老の魔法使いを背に乗せた暴虐龍は、不機嫌そうに首をよじる。ヴラガーンは、ぼそり、とつぶやく。
『……そうとは、言いきれんようだぞ』
「なに……!?」
暴虐龍の言葉を聞いた魔術師は、あわてて、下方に視線を向ける。アリアーナは、力なく地面に身を横たえている。
だが、その頭上にも、背にも、乗り手であるはずの青年の姿はない。
「どこに消えた……!?」
「ウラララアァァ……ッ!」
どこからか、青年の雄叫びと、小さく風を切る音が聞こえてくる。アサイラは、ウェル・テクスの死角、暴虐龍の直下にいた。
アサイラの手には、腰に携えていた恐竜革製の投げ縄型の鞭、その持ち手側が握られている。革鞭の輪の側は、暴虐龍の後ろ足の指に引っかかっている。
振り子のような軌道を描き、青年はヴラガーンの腹部側から、三次元軌道で回りこむ。アサイラは、支点よりも高く跳びあがると、魔術師の背後に着地する。
接地と同時に前傾姿勢となったアサイラは、ウェル・テクスに向かって、一直線に駆けこんでいく。ギルド魔術師は、とっさにローブを羽織り直し、全身をおおう。
「ウラララ! ウラア!!」
ゼロレンジに踏みこんだアサイラは、ギルド魔術師の腹部に向かって連続で拳を叩きこむ。だが、手応えはない。ウェル・テクスは、泰然とした表情で笑う。
「グゲラグゲラ! 無駄なことダナ! このローブには守護の魔法<マギア>がかけてある。いかな打撃であろうとも……むグッ!?」
アサイラの右手が、ウェル・テクスの首に伸びる。その指が、着衣の襟を掴みとる。アサイラは腰を落とし、相手に背を向け、その身を担ぐような態勢となる。
「な、なにをする気ダナ。愚か者め、やめ……ッがはア!?」
「ウラア……ッ!」
魔術師の身体を背負った黒髪の青年は、そのまま相手を空中に向かって放り投げる。体術の心得に乏しいウェル・テクスの身は、なすすべなく宙に舞う。
当座の邪魔者を排除したアサイラと、己の背に向けて首をひねらせたヴラガーンの視線が交錯する。青年は、巨龍の頭部に向かって駆け始める。
暴虐龍は、巨大な体躯を高速で回転させて、アサイラを振り落とそうとする。青年は、遠心力に負けぬように、さらに速度を増していく。
アサイラが、ヴラガーンの首の付け根に到達する。燃え立つようなたてがみをつかみ、青年は背骨と首骨の接合部に向けて、拳を振りあげる。
そこで、両者は動きを止めた。
「なにをしているのダナ、ヴラガーン! さっさと、その愚か者を咬み殺せ!!」
地面から、ウェル・テクスが声を張り上げる。常人であれば、落下しただけでもただでは済まない高度だったが、なんらかの魔法<マギア>で軟着陸したのだろう。
腹立ちを隠せないギルド魔術師に対して、暴虐龍は首をめぐらせ、醒めた視線を向けて見下ろす。
『己の身も守れない奴を、背に乗せた覚えはない。オレは言ったぞ。何度もな』
ウェル・テクスに言い捨てたヴラガーンの視線が、血だまりのうえに横たわるアリアーナに向けられる。
側近龍は弱々しく身を震わせながら、頭をあげる。まだ、生きている。
『暴虐龍……なに、か?』
『……騎乗者が龍の背から地面に落ちれば失格だが、龍が地に足をつけることは問題ない……それが、此度の競技会の取り決めと聞いているぞ?』
『ええ……その、とおり……』
ひどく冷静な暴虐龍の質疑に対して、アリアーナは苦しげにうめきながら、返事をする。ヴラガーンは、納得したような面持ちで、鼻を鳴らす。
『つまり、ウヌの負けということになるぞ。ウェル・テクス?』
「……なっ!?」
暴虐龍は、肩のうえのアサイラを一瞥しつつ、自身の騎乗者に対して宣告する。岩肌のうえに両足で直立する初老の魔術師は、激情に目を見開く。
「なにを言っているのダナ、ヴラガーン! かようなつまらぬ決めごとなど、セフィロトの手を借りれば、いくらでももみ消せる!!」
『……うるさいぞ、ウェル・テクス。そのうえ、目に余るほど見苦しい』
巨岩のごとき暴虐龍の頭部が、ギルド魔術師に向かって迫る。ウェル・テクスは、ようやく己の立場を自覚する。
『──ドウッ』
ヴラガーンは、無造作に顎を開き、そして閉じる。初老の魔術師の上半身が、消滅する。暴虐龍は、つまらなそうに血と肉の塊を吐き捨てた。
→【奉迎】
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