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【第2部21章】蒸気都市の決斗 (6/8)【干満】

【目次】

【月齢】

「ヒュゴオオォォォ……」

 ジャックは、眼前のドラゴンが大きく空気を吸いこむ姿を見る。龍と戦闘するさい、もっとも警戒しなければならない攻撃である吐息<ブレス>──標準的なものであれば、灼熱の炎を照射される予備動作だ。

「やばいやばいやばい! このままだと焼き殺されるかなッ!?」

 人喰い植物のツタに動きを封じられたジャックは、わめきつつ明確な命の危機を覚える。ぼろぼろのフリルワンピースの征騎士は、自分の両脚に埋めこんだ不可視のバネを、思い切り強化する。

「んむむむ──ッ!!」

 純導子力のスプリングを限界まで収縮させ、ジャックは地面を踏みしめる。細い脚の皮膚が裂け、血がにじみ出す。

 ビビットカラーの三つ編みの征騎士は、それでも踏ん張り続ける。ドラゴンが、肺腑に呼気を充填し終える。背中のほうから、みしみしと音が聞こえてくる。

「ゴアアァァァ──ッ!!」

「むー……ぴょ──んッ!!」

 龍の口から灼熱の吐息<ブレス>があふれ出すのと同時に、ジャックは己を拘束していた人喰い植物を、ツタを引っ張る形で地面から強引に引き抜く。

 四肢を拘束する力が急速に弱まり、ぼろぼろのフリルワンピースの征騎士は前方へ転がりこむみ、ドラゴンの懐へ潜りこむ。

 紅蓮の火焔にあおらて、人喰い植物は一瞬で灰となり、大猪<ヒュージ・ボア>の亡骸すら消し炭と化す。ジャックだけは、どうにか吐息<ブレス>の焼却範囲からまぬがれる。

「いまのは、ちょっと危なかったかな……このまま召喚主のところまで踏みこんで……むーッ!?」

 空が落ちてきたのかと錯覚するほど大きいドラゴンの足の裏が、ジャックを踏みつぶさんと頭上から迫ってくる。ビビットカラーの三つ編みの征騎士は、とっさに横へ跳ぶ。

 泥と小石が飛び散り、地面が大きく揺れるなか、突き刺されたら串刺しでは済まないほどの太さの龍爪がジャックへ向かって振りおろされる。

 ぼろぼろのフリルワンピースの征騎士は、小刻みに方向転換をくりかえしながら横跳びし、スケールの違う暴威を紙一重でかすめていく。

「むー、正直なところ……逃げまわるだけで精一杯、かな……ターゲットは追いかけるだけだったから、気づかなかったけど、本気のドラゴンがこんなに手強いとは、ねッ!」

 ジャックは独りごちながら、地面をなぎ払うような龍尾の一振りを、小さくジャンプして回避する。龍爪の追撃を、バネを解放しての空中方向転換でかわし、バク転の体勢で着地する。

「でも、ちょーっとだけ、妙かな……なんで最初からドラゴンを召喚してこなかったんだ? 様子見か、あるいは単にナメられていた可能性もあるけど……」

 大きく開いた龍の顎から頭上から迫り、華奢な征騎士をかみ砕かんとする。ジャックは、先回りするような瞬間跳躍で魔獣の上方をとると、額を蹴って後方へ跳び離れる。

 ビビッドカラーの三つ編みを揺らしつつ、空中で身をひねりながら、征騎士は夜空をあおぎ見る。満ちきった月は、少しずつだが欠けはじめていることに気づく。

「そういえば、最初よりもドラゴンの動きが鈍くなってきた気がする……バテたにしては、早すぎかな……ふむー、もしかして?」

 ジャックは、にやりと笑みを浮かべると、龍の次なる一撃を待ちかまえる。ふたたび、大地をなぎ払うように太尾が振るわれる。

「ぴょーん……とッ!」

 ぼろぼろのフリルワンピースの征騎士は、跳び箱の要領で鞭のごとき一撃を飛びこえる。尾をかすめざまに両手を押し当てて、不可視のバネを埋没させる。

「引きちぎれ、『発条少年<スプリング・ジャック>』ッ!!」

 ジャックは、即座にバネの張力を解放する。ぶちぃ、と音を立てて龍の尾は中程から破裂し、思わずドラゴンはのたうちまわる。

「大猪<ヒュージ・ボア>より、脆い! ふむむー、これはわかっちゃったかな?」

 ビビットカラーの三つ編みの征騎士は、もがく龍のでたらめな攻撃を悠々と回避しつつ、その奥にいる召喚主……ミナズキを見据える。

 巫女装束のエルフが、手をかざす。その足元に、大量の白兎が現れる。

「……征けッ!」

 ミナズキの号令と同時に、白い毛玉たちが一斉にジャックへ向かって駆けこんでくる。見た目こそ愛玩動物だが、その爪と牙は鋭い。

「さしずめ殺人兎ってところかな……申し訳ないけど、悪あがきがバレバレだよッ!」

 ぼろぼろのフリルワンピースの征騎士は、動きが鈍重になったドラゴンの腹の下へ向かって走り、白兎の群れを迎え撃つ。

 小さな獣たちは、ジャックに群がって牙と爪を突き立てようと、一斉に跳躍する。ビビットカラーの三つ編みの征騎士は、身をひねってそれをかわし、うち数匹に手のひらを押し当てる。

「飛ばせ! 『発条少年<スプリング・ジャック>』!!」

 接触と同時に見えざるバネを埋めこまれた白兎は、肉の弾丸と化して召喚主であるミナズキへ向かって飛来する。

「きゃあっ!?」

 巫女装束のエルフは、無数の毛玉の直撃を受けて、体勢を崩す。その隙をつき、小型の獣たちを目くらましにして、ジャックはミナズキへ肉薄する。

「ぴょーんッ、と!」

「かは──ッ!!」

 苦悶の表情を浮かべて、巫女装束のエルフが倒れこむ。破れかけのフリルワンピースの征騎士は、ミナズキのみぞおちに拳を叩きこんでいた。手応えは浅いが、バネは埋めこんだ。

「ゴグルアァァ……ッ!」

 背後から龍のうめき声を聞き、ジャックは振りかえる。いまや細く欠けゆく月を背負い、ドラゴンが華奢な征騎士をにらみつけている。

 真上から灼熱の吐息<ブレス>を浴びせようと、龍は大きく息を吸う。全身に傷を負いつつも余裕の表情を浮かべたジャックの姿が、次の瞬間、消失する。

「──グガッ!?」

 ドラゴンの巨体が、揺らぐ。そのとき、ビビッドカラーの三つ編みを振り乱す征騎士は、龍の頭上を舞っている。すれ違いざまの刹那、のどにバネを植えつけた。先ほどまでの差し合いと比べれば、その動きは止まって見える。

 滞空するジャックは、右手のひらを握りしめる。次の瞬間、ドラゴンの咽喉が圧潰する。噴射されるはずの紅蓮の火焔は出口を見失い、龍の首からうえを爆散せしめる。

 破れかけのフリルスカートをはためかせながら、征騎士は悠々と着地する。天上の月が、完全に欠ける。同時に周囲の風景が、ぐにゃりとゆがんだ。

【勝機】

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