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【第15章】本社決戦 (7/27)【逆向】

【目次】

【決闘】

「ふむ。あまり、我輩を失望させないでくれたまえよ。『イレギュラー』?」

 次なる弾体が、壮年の伊達男のステッキから打ち出される。さきほどとは異なる軌道を描きながら、ダストシュートの空間を巡りつつ、鉄球は速度を増していく。

 アサイラは、聴覚と皮膚感覚を研ぎ澄まし、飛翔体の動きを捉えようとする。風切り音とともに、球体の殺傷能力が高まっていくのを感じる。

「そこ、か……ッ!」

 左斜め下から、来る。両腕を使って、青年はわき腹を守る。鉄球はわずかに軌道をそらし、青年の身体をかすめていく。

 素通りした弾体は、すぐにヘアピンカーブを描き、戻ってくる。そのまま、目標に衝突……するわけではない。

「ヌ──ッギィ!?」

 アサイラは、うめく。高速の弾体は、青年の近くに浮遊していた一射目の鉄球に衝突する。押し出された球体が、青年の顔面を殴りつける。

 一瞬、意識を奪われかけながらも、アサイラは踏みとどまる。中枢部に続くゲートのまえで陣取る『伯爵』を、にらみつける。左右の前腕を、盾のようにかかげる。

「ウラアアァァァ……ッ!」

 多少の被弾は覚悟のうえで、青年はガードを固めつつ、強行突破をはかるべく走り始める。対岸で、三射目の準備に入っていた『伯爵』が、ため息をつく。

「我輩を失望させるな、と言ったのが聞こえなかったのかね?」

 シルクハットのなかから三個の鉄球をまとめてつかみとったスーパーエージェントは、猪突猛進する侵入者に向かって、立て続けに撃ちつける。

「グヌウーッ!?」

 連射された弾体は、今度は複雑なカーブを描くことなく、直線的に目標をうがつ。重い衝撃をたたきつけられ、ガードのうえからでもアサイラは体勢を崩す。

 さらに追加の鉄球を撃ちこまれ、青年は大きく後方へとはね飛ばされる。橋梁のうえを、ごろごろと転がり、気がつけばもといた中央地点まで押し戻される。

「……グヌヌヌゥ」

 一歩も動くことなく、悠然とたたずむ『伯爵』を、アサイラの蒼黒の瞳がにらみつける。同時に青年は、反撃の糸口を見いだすべく、安直だった己の行動を反芻する。

 自分に向かってくる鉄球は、人力とは思えないほどに重い。さきほどのはね飛ばしも、異常に大きなノックバックだった。

 なによりも、スーパーエージェントに肉薄しようと駆ける脚が妙に重かった。緊張と連戦によって蓄積した疲労とは、感覚が違う。

「橋の裏側に、仕込みやがったか。ヒゲ貴族」

「ふむ、ご明察。それはそうと、我輩のことは『伯爵』と呼びたまえ」

「橋だけじゃない……この空間全体に、あらかじめ準備しておいた、ってわけか」

 青年の言葉に、それ以上、スーパーエージェントは答えない。

 重力──すなわち引力と斥力の操作が、『伯爵』の『シフターズ・エフェクト』だ。しかし、思うがまま、自由自在……というわけではない。

 このスーパーエージェントが力場を生成するためには、黒い札状のアイテムが必要となる。アサイラは、目を細めて、円筒状の壁を見やる。

 遠目ではっきりとはわからないが、確かにこの空間の内壁には、漆黒のカード状の物体が、所々に張りつけられている。
 
「……貴公、降伏する気はないかね。いたぶるのは、我輩の趣味ではない」

 話題を変えるように、『伯爵』が口を開く。

「『社長』がひどくおかんむりなので、命の保証まではできないのが心苦しいが……好敵手の処遇が少しでもよくなるよう、尽力すると約束しよう」

 燕尾服の伊達男の提案に対して、アサイラは無言で拳を構えなおす。『伯爵』は、自慢のヒゲを指でなぞりながら、小さくため息をつく。

「ふむ……残念だ」

 シルクハットのなかから、新たな鉄球が取り出される。ステッキの先端が、弾体を押し出す。不可解な軌跡を描きつつ、質量体が飛翔する。

 対する青年は、五感を総動員し、鉄球の動きを追う。力場によって、ただでさえ複雑な軌道は、すでに浮遊する球体とぶつかることで、さらに錯綜していく。

 ある球体は『伯爵』の手元へと戻り、また別の飛翔体はアサイラへと襲いかかる。一本橋の真ん中に立つ青年は、ひざを曲げて、バネをためる。

「ウラアッ!!」

「……むう?」

 アサイラは、大きく跳躍する。スーパーエージェントが、驚きとともに顔をあげる。

 鉄球の群が、獲物を追うようにカーブを描く。青年は、空中で身をひねる。『イレギュラー』の躯体が、あり得ない軌跡を描きつつ、宙をすべる。

「これは、まさか……ッ!?」

 アサイラの空中機動は速度を増し、動体視力で追うのも困難なスピードに到達する。『伯爵』はとっさに身構える。気がつけば、青年のかかとが眼前に迫っている。

「ウゥゥラ、アアァァァ!!」

「……ぐアわッ!!」

 アサイラの雄叫びが反響し、『伯爵』がうめきつつ、たたらを踏む。

 スーパーエージェントの張り巡らせた力場を読み切り、不可視の加速路を逆行した青年の跳び蹴りが、伊達男の顔面を真正面から捉えていた。

【無粋】

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