【第2部25章】陳情院議長暗殺計画 (8/8)【暗殺】
【振子】←
「うグ……グえッ!!」
アウレリオ議長は、苦しげな声をあげる。鎖でぶら下がる女と鉄馬が左右に揺れるたび、太ももに巻きついた刃が喰いこみ、かろうじて保っている浮遊状態のバランスも乱れる。
「なにをしている、蛮女……地上からの狙撃をそらすためか? それとも、単なる嫌がらせか!? まあ、どちらでもいい……どのみち、貴君の命運は着地と同時に尽きるだろう!!」
「……テメエもそう思うだろ、スカシ野郎? だから、ウチのほうから攻めてやるのさ!」
女と鉄馬の左右の振幅が大きくなっていく。陳情院議長の体幹が揺さぶられる。男とほぼ同じ高さまで触れたところで、ナオミはバイクの車体を一回転させる。同時にアイドリング状態だったスチーム・エンジンが、動力の伝達を再開する。
「な、ガ……ッ!?」
アウレリオ議長は、目を見開く。同時に、男の身体が真下方向へと強く引っ張られる。赤毛のバイクライダーは、魔銀<ミスリル>の鎖を鉄馬の後輪に巻き取らせる。
高低差を挟んで対峙していた男と女の彼我の距離が、見る間に縮まっていく。陳情院議長の視点からは、まるでバイクが自分に向かって垂直に登ってくるようにも見える。
「頭のテメエを潰せば、雑兵ごときウチとシルヴィで、どうとでもできるだろ……ここで引導を渡してやるよ、スカシ野郎ッ!」
「そちらにその気があれば、是々非々で交渉に応じてやろうとも思っていたところだが……調子に乗りすぎだろう! 蛮女めッ!!」
迫り来る赤毛のバイクライダーの眉間を狙い、オートマティックピストルをかまえ、引き金を絞る。銃弾は吐き出されない。むなしく金属音が響く。
「……弾切れとは! あまりにも間が悪いだろうッ!!」
アウレリオ議長は、わめきながら拳銃を投げ捨てる。何者かが放った銃弾が、男の肩をかすめ、鮮血が飛び散る。地上に展開する兵士の誤射か。
「なにをしている……パニックになりたいのは、わたしのほうだろう! 傍観者である兵士諸君のほうが混乱してどうする!? いや……待てッ!!」
陳情院議長は何事かをひらめき、赤毛のバイクライダーから目をそらし、路上で騒然としている帝国兵のほうへ視線を向ける。
「わたしの脚を撃て! 破壊しろ!! 言いたいことは、わかるだろう……ッ!?」
アウレリオ議長が、鎖の巻きつく太ももを指さしながら、大声でわめく。路上の兵士のひとりが意を察して、狙撃銃をかまえる。目と鼻の先まで迫るナオミが、顔をしかめる。
──タンッ!
重い銃声が、ビル街に反響する。同時に、大口径の弾丸によって男の片脚が吹き飛ばされて宙を舞い、引きちぎられた四肢の断面から大量の血が噴き出す。
「これが、文字通り……身を引き裂かれる痛み、というわけか……できることなら、一生、味わいたいものではないだろう……がッ!」
耳障りな金属音が響き、魔銀<ミスリル>の鎖がほどけて、蛇のように宙を踊る。拘束から解放されて自由を取り戻した陳情院議長の身体を、真鍮色のバイクがかすめていく。
「この負傷は……臣民諸君に対する、よいピーアールになるだろう。そのあとで……プロフに、せいぜい立派な新しい脚を見繕ってもらわなければ、なッ!」
大量出血で顔面蒼白になりながら、アウレリオ議長は自分自身を叱咤する。深呼吸をくりかえし、ショック症状に陥らないよう努める。額に脂汗が浮かび、垂れ落ちる。
「そして……偉大なるグラトニア帝国の征騎士として、陳情院議長として、もうひとつ大きな仕事をこなすべきだろう……そう思わないか、蛮女ッ!?」
男は身をひるがえし、自分を空中轢殺しようとした赤毛のバイクライダーに向きなおる。女は苦々しく表情を歪めながら、鉄馬は放物線を描いて宙を舞う。
アウレリオ議長の背中から生える『喧噪肢翼<ノイズィ・リム>』は、空中機動力に関しては貧弱だが、バイクのような地上車輌に遅れをとるほどのものではない。
くわえて、荷重から解放されて、薄羽自体にも余力ができた。男は、背中の肢翼を小刻みに振動させる。
「アウレリオ議長、暗殺者に襲撃されるも自力で返り討ちにする……臣民の愛国心を鼓舞する、素晴らしいグッドニュースだろう……貴君の顔写真も、夕刊の見出しにお似合いだ、蛮女ッ!!」
狼耳の獣人娘にそうしたように、収束した音波を赤毛のバイクライダーに照射する。殺傷能力はないが、三半規管を揺さぶり、平衡感覚を奪い、しばしのあいだ行動不能に陥らせる。後処理は、地上の兵士たちにどうとでも任せればいい。
ひきつった笑みを浮かべた陳情院議長の双眸は、上下反転した状態で宙を舞う真鍮色の鉄馬のさらに向こう、ビルの屋上に見える小さな影にピントがあう。男を見おろすように、スナイパーライフルの銃口を向けている者がいる。
「……あの獣人かッ!!」
シルヴィアは震える手で銃身を支え、トリガーに指をかけている。アウレリオ議長は、先刻、自分の肩をかすめた銃弾も、帝国兵の誤射ではなく、獣人娘の手によるものだと悟る。
陳情院議長は、収束音波の狙いをナオミからシルヴィアへと切り替えようとする。だめだ、遠すぎる。相手に届くまえに収束音波は減衰して、効果をおよぼすことができない。そもそも、この使い方は『喧噪肢翼<ノイズィ・リム>』にとってイレギュラーだ。
「わたしたちの偉大なる侵略事業を邪魔立てするか! 荘厳なる帝国に、あくまで刃向かうというのか!? 獣人に、蛮女。理念もない逆賊どもめ──ッ!!」
議長のわめき声に終止符を打つように、鋭い銃声がビル街に響く。弾丸が、男の心臓を貫く。花火のごとく、赤い鮮血が空中に飛び散った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?