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妄想小説「近江を制した男」⑰楽しい時間

「岐阜通ってきたなー。岐阜市内?」
京都の人に京都市内か聞く感じで、ワタルはたずねた。
「いや、ちゃうんよ。大垣ってところ」
「大垣!俺そこで乗り換えたで。2分後出発やから豊橋行きまでダッシュていったわ」
「そうやお。あそこそれで有名やで急いでる人よう見るね。そしたらワタルくんは滋賀方面から?」

二人を乗せた電車はようやく、北へ縦断すべく発車した。

「そうそう彦根から来てん」
「彦根って言ったらひこにゃんが有名やんね」
「せやね。元祖ゆるキャラやから」
「えっ、元祖はくまモンじゃないん?」
「実はひこにゃんやねん」
「へー意外。そうか彦根も行きたくなってきたなあ」
「今度来てや、案内するし」
「ほんまに?うわー楽しみ」
「そういや、今回の旅行はどこまで行くん?」
「えっとね、とりあえず終点までは行くかな。途中下車するとは思うけど。その後新潟、富山経由して岐阜に戻るつもり」
「おっ一緒や。俺もこういう感じで行こうとしててん」

ワタルは右手の人差し指を反時計回りにぐるっと回転させた。

「奇遇やね」
「ほんまにな。てか、じゃあみさとさ、、、途中まで一緒に回らへん?」

ワタルは、ここ数年で一番の勇気をふりしぼって誘った。

「いいよ!一緒に回ろ」
「(やった!)おっほんまに!?よし決まりやな!」

ワタルは心の中でガッツポーズをした。いや、顔には隠せない喜びが出ていたかもしれない。これだと『無人島小説』は家で読むことになるかもしれないな。嬉しい悲鳴だ。

電車はすでに都市部を離れたようだが、まだまだ住宅の密集した地域を抜けてはいない。それでも時折田んぼは見られるようになってきた。

「ワタルくん、終点までにどこか寄りたいとこある?」
「俺なー、まずここ行きたいねんな」
「私も思ってた。3県にまたがる駅やんね」
「そうそう、しかも秘境って雰囲気で良さそう」
「やんね。じゃ、とりあえずそこで降りよっか」

もう1つボックス席は家族連れだが、何やら滝について話しているようだ。

「今の聞いた、ワタルくん?この辺に滝あるらしいよ」
「うん、何か話してるよな。ちょっと調べてみよか」

ワタルはスマホのマップを起動した。場所を調べるなら、ウェブ検索よりまずはマップ検索だ。

「えーと、この辺りににある滝はっと」
「あっ、もしかしてこれじゃない?」

訛りの効いた声に思わずドキッとする。

「おう、そうやな。」
「わーきれい。この滝、段々になってるんやね
、、、でも遠いかな?」
「5kmやからなあ、山道だと往復4時間はかかるし、今回はやめとこか」
「そうやね、秘境駅行けんくなるし」

その後、おしゃべりに夢中になっている間に例の家族が降りる駅に着いた。ホームから見下ろせる駅舎は木造で、その色から山小屋を連想させた。こういう小さな発見も旅の楽しみだ。

そして、みさとと出会ってからの不安はすでに払拭されていた。話しかけたはいいものの会話がなくなって気まずくなったらどうしようかと思っていたのだ。でもその心配はいらなかった。何も話していない時間も心地よい。彼女も同じ気持ちらしく、どこか穏やかな表情をしている。

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「ワタルくん、ワタルくん」

みさとの声で目が覚めた。いつの間にか眠っていたようだ。自分のマヌケな寝顔を見られてしまっただろうか。

「ぐっすり寝てたね」
「いや恥ずかしいわ、もう着いちゃった?」
「あと2駅かな」
「てか、何か暗くない?」
「いま、長いトンネルをくぐってるみたいよ」
「へー、、おっ抜けた。いやあすっかり山ん中やな」

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