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失恋冷蔵庫(for「ショートショートnote杯」)

「また振られたのか」
 私を見て、ゆり婆は呆れたように笑った。
 机と青い冷蔵庫があるだけの、殺風景な店で。

「5回しか来てないでしょ」
「5回も来るなんて、珍しいけどねぇ」
 客に追い打ちをかけるなんて、信じられない。

 ゆり婆は、さっさと冷蔵庫から私の小箱を出し、机に置いた。
 淡いピンクの雲母を、何層も重ねた美しい小箱。
 私は、鞄から瓶を取り出して、中身を小箱に入れる。

「随分泣いたね」
 ゆり婆が、そっと呟く。
 私が入れたのは、失恋で流した涙なのだ。

「いい感じだよ」
 ゆり婆はそう言うと、銀の耳かきで、箱の中身を掬い上げた。
「わ、いい香り」
「だろ? 女は、失恋で香り高くなるんだ」

 失恋の涙を、雲母の小箱に入れて、冷蔵庫に置くと、媚薬香水になる。
 その噂を信じて溜めた、私の涙は、白いクリームになっていた。
 とても、甘い香りがする。

「次に恋をしたら、取りにおいで。熟成するからね」
 ゆり婆が小箱を閉じ、自信たっぷりに言った。


※本文のみ(タイトル含まず)409文字

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