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【小説】【漫画】最近読んだアレやコレ(2020.10.25)

 日曜日にスーパーで缶入りの麻辣ピーナッツを買って、それを一週間かけてちびちび食べ、土曜日に缶の底にたまった鷹の爪と花椒を使って麻婆茄子を作るという生活を送っています。よろしくお願いします。料理がそこそこ好きなので、外食はあまりすることのない人間です。ところで上に挙げた「麻婆茄子」とか、こういう固有名称のついた料理ってなんか怖くありませんか。茄子とニンニクと挽肉と生姜と調味料という、それぞれ別個に存在するものを定められた工程を踏み影響を与えてゆくことで、本来もっと自由で、複雑であったはずのそれらが「麻婆茄子」という形に固定されてしまうんですよ。食べる時も私はそれを「麻婆茄子」だと認識して、「麻婆茄子」として味わっている。そこには最早逃れる術がない。自由さがない。わからなさがない。なので偶に怖くなり「キャベツと鶏肉を卵で炒めた奴」とかいう名称不定のモノを作ってしまうのです。それに自分が名前をつけることが決してないよう、恐る恐る、口に運んでいるのです。

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黒いトランク/鮎川哲也

 オールドスクールを学べのコーナー。海外古典は最近ちまちま読むようになっているのですが、依然、ひと昔前の邦ミステリに触手を伸ばすことができていないなということで、とりあえずは有名どころに手を出してみるの巻。複数のトランクと遺体、そしてそれを運搬する人間たちの動きを何度も何度も検討し、真実に一足飛びで辿り着くのではなく漸近してゆく……「キャリブレーションをかけてゆく」とでも言うべき過程のおもしろさは圧巻。本作にあるものは、キャッチーな謎ではなく、強いて言うならば、暗闇の中でジグソーパズルを組み立てるような、そんな手続きです。明確な謎はなく「何が謎なのか」という形から探らなければならないということ。時代を感じさせる描写も多く、現代のエンターテイメントのスピード感からするとつんのめる部分もあるのですが、しかし、このじっくりと腰を据えて思考する贅沢さはあまりに得難いです。こういう作品、早く視界の端に説明用のアニメーションを表示させながら読めるようになってほしいなぁ。あと、鬼貫警部の同期がろくでもない奴ばっかりなのには笑ってしまった。かわいそう。


デリバリールーム/西尾維新

 参加者全員妊婦のデスゲーム(デスゲームではない)という、逆噴射小説大賞投稿作にありそうな強コンセプトのエンタメ小説。「出産をゲームにした逆デスゲーム」という、完全に言葉の上で遊んでいるのだけのスッカスカの小説でありながら、その「スカスカであること」自体をひとつの題材として昇華させてしまうというここ数年の西尾維新の十八番が炸裂しており、すげーおもしろかったです(個人的に、この路線の最高傑作は『症年症女』だと思う)。舌の上だけでへらへらと語られてゆく妊婦それぞれの境遇、そして産みの苦しみは、とことんくだらないエンタメとして消費されるだけのものでさっぱりと実を伴っておらず、粘性を伴ったインモラルとして、生暖かい不快度を上げてゆく。そして、どこまでも紛い物であり出来損ないであるその物語が、まるで「本物」のようにまっかにかがやく、おとぎばなしのような錯覚の一瞬。エンターテイメントの死骸を操り、蘇ったように「見せかける」。ネクロマンサー西尾維新の面目躍如でした。それにしてもこの装丁は素晴らしいですね。なでくりまわしてしまう。


馬鹿と嘘の弓/森博嗣

 読み終わり、邦題と英題が示すもののあまりのえげつなさに絶句し、そして、全く笑うような内容の作品ではないのですが、その底意地の悪さにゲラゲラ笑い転げてしまった一作。様々な読み方ができる作品だと思います。私は、これを次元が一つ上の「Gシリーズ」だと思って読みました。つまり、「ミステリに対してのGシリーズ」であるように、「『森博嗣』に対しての馬鹿と嘘の弓」。どこかで読んだような言葉の数々にまとわりついた、はっきりとは言い切れないが、明らかに違和感を感じる露悪性。繰り出されるジャブの数々をいつものようにふんふんと肯きながら読んでいると、それらがすべてがフェイントとなって、がら空きになった読者のあごに、アッパーカットがぶちかまされる。吹き飛ぶ意識の中で走馬燈のようにかけめぐるのは、あの本で、あるいはあのサイトで読んだ、お言葉の数々……。バカな、なぜ、今、自分はこんなところにいるんだ? と思ったときには全てが手遅れになっています。読者に対する渾身のおちょくりであり、しかし、だからこそ大真面目なお話。めちゃくちゃおもしろかった。傑作だと思う。森博嗣ファンほど読んで欲しい。


目玉焼きの黄身いつつぶす?(1~12巻)/おおひなたごう

 再読。ふと気づいたら読み返していることが多々あり、もしかして自分の中でのオールタイムベストの一つなんじゃなかろうかというくらい好きな漫画。全ての出発点はタイトルにも冠された小さな食事あるあるに過ぎませんが、本作の凄い所はそれをただのギャグに留めず、「人間の行動には、必ずその行動に至るまでの理由がある」「その理由をとことん考えることで、初めて相手を理解することができる」というお話にまで拡張してゆくこと。そして、それ以上にはるかに凄いのが、その拡張した先に広がるものすらも「でもそれって面倒臭いよね~!」と日常の一部として笑い飛ばすギャグに畳み直してしまうこと。この両者のバランス感覚が本当に絶妙で、どこまでも真面目に読んでしまいそうになりつつも、それに真面目になってしまっていることに噴き出してしまうという、なんとも奇妙な心地よさが全編にわたり広がっています。実はくだらなくない話なんだけど、それでもやっぱりくだらない。その矛盾しながらも成立している天秤は、結構ろくでもない奴なんだけど何だか憎めない主人公像という形でも結実していて、たまらなく好もしい。


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