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【2020忍殺再読】「リージョナル・アイス・エイジ」感想

クロザカ・ショウトのサウナ禅問答

 デッドリー・ヴィジョンズ初の非ニンジャスレイヤー主役回。そして、まさかのインシネレイトのサウナ紀行第2話目。忍殺ってワンテーマものは基本1話で終わらせるイメージがあったので、当時、びっくりした記憶があります。タイトルがとても好きですね。『局所的氷河期(REGIONAL ICE AGE)』。サウナの氷室を世界一かっこよく表現した言葉じゃないでしょうか。愉快な内容に反し、硬質的で無機質な手触りのワードが選択されていることもあり、AOMでありながらどこか第3部が連想されるタイトルです。個人的には、トリロジーでアマクダリ陣営として大いに活躍した、コリ・ニンジャ・クランへのリスペクトがあるんじゃないのかなと思っているのですが、どうなんでしょうか。ジェドマロースさん、調子にのってべらべらしゃべりがちなところも、在りし日のチリングブレードを思い出すんですよね……。

「とにかく、そンとき俺は、マジで知ったワケよ。サウナで勝負してる奴、ありゃアホだな」
……「ファイア・アンド・アイス・ビニース・ザ・ブロークン・ムーン」より

 本作の内容は、シリーズ(仮)第1話の「ファイア・アンド・アイス・ビニース・ザ・ブロークン・ムーン」で語られた思想を直接的に引継ぎ、発展させ、それをインシネレイトの成長として落とし込んだものになっています。上に引用した通り、「サウナはイクサの場ではない」という教訓ですね。前作において、インシネレイトくんは、「サウナで勝負をするのはナンセンス。だから、サウナで勝負をしてる奴に対し俺は勝っている」という本当にわかっているのかはなはだ怪しい結論に至っていたわけですが……「自分より先に座っている者達が全員居なくなるまで、彼は耐えようとした。しかしそれは無意味な事だと、彼は既に学んでいる」という本編中の描写からして、成長を遂げていることは間違いないでしょう。本作は、そんなイクサの場から降りたインシネレイトに対し、悪魔(マーラ)がサウナにイクサを持ち込み戦え戦えと囁きかけてくる(囁きかけると評するには無理があるレベルでやかましい奴でしたけど……)、サウナ禅定の第2段階とでも言うべき内容になっています。この問答の模範解答は、恐らくジェドマロースさんの戦意を奪い、共に仲良くサウナに入ることだったと思うのですが……インシネレイトくんはインシネレイトくんなんで普通にぶっ殺しちゃうんですよね。それでも、イクサの熱を冷やすべく水風呂に漬かる最後の一幕は、彼のサウナ者としての成長を感じさせるものではありました。

クロザカ・ショウトのサウナ知恵袋

 「サウナはイクサの場ではない」という教えは、ニンジャの世界に通底するカラテ理論から外れたものであり、インシネレイトというキャラクターの本題でもある、「ニンジャである前にヤクザであること」にも結びつくもののようにも思えます。同じく2020年発表であるインシネレイト主役短編「インシネレイド・ザ・ゴースト・アゲイン」は、この題材の後半、彼が「ヤクザであること」にまつわるお話でした。一方で、カラテ原理から離れ、ニンジャの価値観から逸脱した思想をみせるサウナ・シリーズ(仮)は、題材の前半、「ニンジャである前に」を重点したエピソード群になっているように思います。殺し殺されるカトンの熱気を覚ます水風呂のゼン、あるいは冷徹なニンジャ・ミッション(彼にとって、「ヤクザではなくニンジャである」象徴のガーランドのように……)を押し流す蒸気の熱さと息苦しさ。サウナと水風呂、いずれがニンジャでありヤクザなのかは定かではありませんが、その両者を行き来することにより、インシネレイトというニンジャ/ヤクザは、そのバランスを整えているのでしょう。

 ……と、そんな風に真面目に妄想を広げるのも悪くないのですが、改めて読み返してみると、「サウナはイクサの場ではない」という教えは、もっと卑俗で庶民的なことを語っているようにも思えます。というのも、ニンジャってカラテに優れているため、熱や冷却への耐性にも強いんですよね。イクサの場ではそれは有利にはたらきますが、レクリエーションでは別です。モータル用に設計されているサウナも氷室も、カラテを込めた状態で入ってしまうと、おそらく、十全に楽しむことができない。たとえば、本作に登場する氷室「臨死の氷」は、マグロの冷凍に使用されるシステムを人間に使用するという非常に負荷の高いもののわけですが、ニンジャにとっては冷凍室に籠るということはモータルほどには消耗する行為ではありません。実際、我らがニンジャスレイヤーも籠っていたことありますしね。これではゼンは得られまい。

 作中においても、「彼は困惑し、反射的に内なるカトン・ジツで耐熱しそうになった」「インシネレイトはニンジャであり、ニンジャの力を持ってすれば……」といったような描写がなされており、イクサモードに入った時のニンジャに対し、サウナの効果が薄くなるのは間違いのない事実のようです。つまり、「サウナはイクサの場ではない」とは、ヤクザとソンケイにまるゼンモンドーだけではなく、ニンジャの身でモータルのレクリエーションを十全に楽しむための秘訣でもあった、というわけです。

 この、ニンジャはモータルの文化を楽しむことが難しい、という視点は個人的に非常におもしろいですね。他に類似ケースをあげるとするならば、ジェットコースターなんかもあるんじゃないでしょうか。あと、単純に共感能力が薄まっている邪悪ニンジャなんかは、フィクションの楽しさも味わい切れてはいないかもしれません。かつて、モータルの社会に溶け込むニンジャとは、裏で糸引く邪悪な陰であり、陰謀論を実行する超常の半神の姿でありました。しかし、AOMとなった今、その意味は大きく変わり、モータルの社会で楽しくやってゆくためのライフハック手段となったのかもしれません。無論、ニンジャが合わせるまでもなく、モータルの文化がニンジャのカラテをぶち抜くケースもありますが。ザナドゥさんとかね。

未来へ……

 サウナ・シリーズ、めちゃくちゃおもしろいんで、是非続きも書いて欲しいんですが、一体どう発展してゆくのか、正直まったく読めません。「サウナはイクサの場ではない」というテーマを広げてゆくのならば、ありそうなのはやはり、入浴中の刺客と一緒にサウナを楽しみイクサが起こらない……という展開のようにも思います。ただ、お話としては後退することになるかもしれませんが、アイアンアトラスとのサウナバトル完全決着を見てみたいというのも本心です。あるいは、ガーランドと鉢合わせする回とか……。トンチキ方向にふれるのであれば、ミノミヤ・ジョンゴが設計した変態殺人サウナを順々に攻略してゆく、なんてのもおもしろいかもしれません。時計サウナとか迷路サウナとか、そういうのですね。


■note版で2020年12月19日に再読。

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