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もう時効なので書くよ #特別編01 「KJ〜'90年代に熱く洋楽を売ったある男の爆笑話」

この書について

 本記録は永きに渡りその実在が疑われていた幻の書「St.Moritz(聖モリツ)のネタ帳 The Pure Analects of KJ〜KJ素語録集(すごろくしゅう)〜(西暦2010年頃突如紛失。原因は解明されていないが、現在では聖モリツの度重なるパソコン初期化によると考えられている)」の内容の一部が口伝で残されていたのを書き留めた「The Pure Analects of KJ(by word of mouth)」であるとの説が有力である。

 実際の「KJ素語録集」には数百編のエピソードが収められていたと言われている。しかしKJの聖地と言われる和阿奈亜国(ワーナーミュージック)がその盛衰に伴う分割移転を繰り返した結果、エピソードの多くが消失。彼(か)の国に棲んでいた時のKJを知る者も僅かとなり、残された「語録」の真贋も怪しいとされていた。がしかし、本書収録の数篇においては複数の歴史学者が「最もKJらしい」という見解を示していることから、本物であろうと考えられている。

 なおKJの話し相手としてしばしば登場する「ツモリ」はSt.Moritz(聖モリツ)のアナグラムであるという説が有力である。

*訳者注:文中の固有名詞は実在の団体・人物等とは一切関係ありません、多分。


プロローグ

 20世紀半ば(西暦1950〜1960年代)、倭国の音楽市場(ミュージックビジネス)は転夢麦酒国(コロムビア)や蓄音機帝国(テイチク)が猛威を振るっていたが、1970〜1980年代には西洋式指叉(フォーク)、新式音楽(ニューミュージック)といった音楽的流行(ミュージックシーン)の推移に伴い次第に警察人形国(ポリドール)、東芝絵美国(イーエムアイ)や犬之紋章国(ビクター)が台頭していった。中でもこの時期に立国した似委祖国(ソニー)が次第に頭角を表し近隣諸国(ドウギョウタシャ)を制するようになる。しかしその後の小田和正国(ファンハウス)、只只三須散留国(トイズファクトリー)や美意図座亞土国(ビーイング)等の新興国の台頭、そして新世紀の変わり目に合わせるかのように出現した偉部古酒国(エイベックス)(訳者注:文献によっては偉部糞国という表記があるがこれは誤記)が欧州拍子(ユウロビート)船団を率いた戦略で打って出ると、さしもの似委祖国も業界之一位(シェアナンバーワン)を明け渡すことが多くなり音楽市場世界の勢力図は徐々に塗り替えられていくのであった。

 ここに記されているのは、偉部古酒国(エイベックス)が覇権を握る以前、1990年代前半の音楽市場世界(ミュージックビジネス)が6つに分かれていた六大主席(ロクダイメジャー)時代という頃の記録である。

 六大主席(ロクダイメジャー)のひとつに和阿奈亜国(ワーナーミュージック)という国が有った。それまで音楽潮流の主流だった新式音楽(ニューミュージック)が次第に和式跳梁(ジェイポップ)と呼ばれるようになってきたこの頃、和阿奈亜国にも吸引好男色(マッキー)、旦那達郎(マリヤ)、折田幸運(モリタドウジ)といった和式跳梁のアーティストが大きく売れてきていた。それに伴い、建国以来この国の屋台骨を支えてきた毛唐音楽(ヨウガク)は、次第にその勢力を落としていくのだが、それでもまだこの頃は、元栗井無(クラプトン)、地味頁工場(ツェッペリン)などの過去遺産(カタログ)や、縦乗緑日(グリーンデイ)、赤熱辛胡椒達(レッドホットチリペッパーズ)、兎角巨大(ミスタービッグ)などのヒットにより面目は保たれていた。とはいえ新人や倭国独自のヒット作りは急務であり、和阿奈亞国毛唐音楽一派(ヨウガクチーム)も他国同様に拡売宣伝方法(プロモーション)にしのぎを削っていた。

 その毛唐音楽一派の東西部宣伝課(イーストウエストプロモ)にKJという男が居た。大変仕事熱心な男であったが、一方余りに偏った知識と、偏屈とも言える思い込みから時折突飛な言動を披露することが多く、人はそれを「KJ素語録」と呼んで忙しいさなか大いに楽しんでいた・・・当の本人以外は皆。



It was certain that he was there and there is him in our heart all the time.
<St.Moritz>
彼は確かに存在した。そして彼は常に我々の心の中にいる
 <聖モリツ>

Well,they said you was high classed Well,that was just a lie
Yah,they said you was high classed Well,that was just a lie
<HOUND DOG /Elvis Presley>
お前が一人前だなんて うそいうなよ 
お前が一人前だなんて うそっぱちさ
<ハウンド・ドッグ /エルヴィス・プレスリー>



本編

【黎明編 第四篇】

 大学の専攻はコンピューター言語だったというKJ。しかし、何を隠そうPCの操作そのものが大の苦手だった。初めて一人に1台ずつPCが支給された時、なかなかマウスのクリック操作ができず、指導員から「人差し指を使って『カチカチッ』というリズムで押してください!」と幾度も教えられようやく習得したという。

 後日人づてに聞いたツモリがこの件をKJに尋ねると…

KJ 「いや、ダブルクリックって結構難しいんですよ」
ツモリ 「・・・・・・」
KJ 「えぇっ!皆んな、難しくないんですか?」

 因みにクリックの操作を習得した彼が次なる課題として立ち向かった作業は、ワード文書での『改行』の操作だったそうだ。尋ねればこれにも恐らく「結構難しかった」と言ったのであろう(あえてツモリは訊かなかったというが)。


【冒険編 第十六篇】

 当時、音楽評論家にF田先生という業界最重鎮の方が居た。F田先生は東京隣県の或るFM局にレギュラー番組を持っていて、毎週水曜日がその収録日だった。各レコード会社には「F田先生番」と呼ばれる先生の担当者がおり、毎週その番組収録に立ち会うことになっていたのだが、何せ移動距離は長いわ、先生には必ず何か小言は言われるわ、で結構神経を使う仕事だった。それ故「F田先生番」は少しでもミスや負担を減らすべく、互いに連絡を取り合うのが常だった。
 当時ワーナーの「F田先生番」だったKJに或る水曜日の朝、別メーカの担当者から電話が掛かって来た。電話に出て「うん、うん」と嬉しそうに相槌を打つKJの応答から察するに、どうやら次の放送日が特番と重なり今日の番組収録は一週休みになるという内容らしい。
 電話を切ると直ぐKJは次なる会社の「F田先生番」担当者に伝えるべく電話を掛け、相手が出ると喜色満面の笑みを浮かべて言った。

KJ 「あ、ワーナーのKJです。今日F田先生なくなりましたから!」

 「亡くなった」と聞こえたのは周りにいた我々だけではなかったようで、慌てふためく電話の相手に向かって…

KJ 「え!?違いますよ。何言ってんですか!番組収録が無くなったんですよ。イヤだなぁ、もう勘弁してくださいよ、そんな聞き間違い」

 「それを聞き間違いとは言わないダロ」とツモリは先ほど自分が転げ落ちた椅子を直しながら思ったという。


【降誕編 第二十八篇】

 ある日オフィスのツモリの机にKJが思い詰めた表情でやって来た。ただならぬ雰囲気に少々気圧されながら迎えると、彼は思い切ったように話し始めた。

KJ  「つもさん…ちょっといいですか」
ツモリ 「な何、どうした?」
KJ 「あのぉ、ちょっと訊きにくいことなんすけど」
ツモリ 「うん!?…先ずは言ってごらんよ」
KJ 「実は…人生ってどう書けばいいか分からなくなっちゃって」

ツモリは思った。これだけ真剣な問いには上司としてちゃんと答えてあげないと・・・

ツモリ 「そっかぁ、人生かぁ!お前、昼間から随分重いテーマ出してきたねぇ。そうだなぁ!?人それぞれだからなぁ。自分のさ、こう信じるところを切り開くっつぅか…」
KJ 「いや、違うんですよ!生きるって字は書けたんですけど…」
ツモリ 「は!?」
KJ 「いや『じん生』の上の字は何だったかな?って、書いていたら分からなくなっちゃ…」
ツモリ 「人だヒト!二画だよ、ふた筆!」

 KJは漢字が苦手だった。護国寺のようなやや複雑な地名に出かける時、彼の行き先ボードには「ごこくじ」とひらがなが踊る事も少なくなかった。また、ある時には「六本木」の筈が「六木本」と書かれていた事も有ったという。


【降誕編 第二十九篇】

 パソコン(改行も含め)が苦手なKJはあらゆる書類を手書きで起こしていた。会議資料などワード等への打ち込みが必要な場合は、その都度アルバイトに頼んで手書き原稿をワードに打ち直して貰っていた。
 ある日の編成会議の席でスウェーデン人ながら印度人のようなメイクをして無茶苦茶なダンスミュージックを歌い踊るワーナー・スウェーデンの期待の新人「ドクター・ボンベイ」なるアーティストについて、宣伝担当であるKJがプリントアウトされた自身の資料を片手に説明を始めた。

KJ 「えーっと、ドクター・ボンベイはミナトでは既に…、あれ?ミナトでは?」
皆 「何?ミナトって?」
KJ 「いや、何だろミナトって?あれ?」

 実はこの手のダンスミュージックは、輸入盤を使った先行プロモーションでリサーチをすることが多く、既にこれで感触を得ていたKJは「ボンベイは世の中ではもう評判になっている」と説明するべく、自身の手書き原稿には辞書をひき「巷(ちまた)では」と書いていたのだった。しかし、代筆したアルバイト君がそれを読み間違え、ワードで「では」と打ってしまい起こった悲劇だった。しかもKJは「港」の文字から「巷」を連想できなかったため、会議の席上で暫し独白を続けた。

KJ 「あれ?何だろミナトって?あれ?おっかしいなぁ?」

 因みに来日してから判明したのだが、ドクター・ボンベイは糖尿病で日に数度のインスリン注射が欠かせなかった。ダンスという音楽ジャンルを鑑み「誤解」されてはいけない、と考えたKJの指示で来日中のボンベイは隠れて注射を射っていたという逸話も残っている。


【降誕編 第三十六篇】

 当時KJにはS木という先輩が居た。本を沢山読み、物腰柔らかく、音楽の知識は豊富で文学や音楽の話なら一晩中語れるが、商売のこととなるとからきしといった昔ながらの音楽業界の人間だった。余談だが、当時特に洋楽の世界はこの手の人が多かった。洋楽曲の邦題を考えるのが大好き、けれど売れる売れないは時の運と諦めている、というような。邦題といえばJeff Beckの"Blow by blow"というアルバムに「ギター殺人者の凱旋」というとんでもない邦題を付ける人が居たりした(因みにこの方は音楽業界に名を残した立派な方です)。
 そういったいわばインテリ肌のS木に、熱血商売派とでもいうべきKJは常日頃から何となく合わないものを感じていたようだが、S木の方が先輩ということもあり抑えているようだった。そんなある日、会議室でS木がA&Rだった或るアーティストの宣伝プランについて皆でミーティングをしていた時、いつものように持って回った言い方を繰り返すS木についにKJが切れる瞬間が訪れた!

S木 「いや、だからね本国にも伺いを立てなくちゃいけないし、実は今別件で手が回らない状況なんだ、どのみち今の段階での本人稼働は時期尚早じゃないかと思うんだよね、宣伝費のことも有るし…」
KJ 「イイですよ!ボクがやりますよ、S木さんがそんな 忍び腰なんだったら!」

 緊迫の場面が一瞬にして爆笑シーンになったのは言うまでもない。「及び腰」を「忍び腰」と覚えていてキョトンとするKJだけを残して…


【成熟編 第四十篇】

 1994年頃の事。テディ・ライリー率いるBLACKstreetがプロモーションで来日。FM-Yの収録が決まったので、ランドマークタワーに部屋を取って雑誌などの取材も一緒にやることにした。

 空き時間になってテディが言った。

テディ 「オレ、ちょっとショッピング行きたいんだけどいいかな?」
ツモリ 「次の取材3時だから、それまでに戻ってね」
テディ 「OK!」

 とふらりと出ていった。ところが...。3時になっても3時半になってもテディは戻らず、取材雑誌に謝りつつスタッフ総出で捜索するもなかなか見つからない。

 その時、宣伝担当だったKJが、良い事思いついた的なドヤ顔で言った。

KJ 「そうだ!館内放送してもらいましょうよ!ぼく行って来ます!なんで誰も思いつかなかったかなぁ?」

 しばらくして放送が全館に響き渡った。

 「テディ・ライリー様、テディ・ライリー様、いらっしゃいましたらお近くの係員までお声がけください…」

ツモリ 「おいKJ!思いっきり日本語やないか!」

 テディは4時頃帰ってきた。


【成熟編 第四十八篇】

 朝、出社時に最寄り駅からオフィスに向かっているあなたがKJに出くわしたとしよう。すると彼がハンカチを鼻に当て、排気ガスなど不快な空気を吸い込まないようにしている姿を見る筈だ。また、彼には妙な癖が有る。人と話しながら自身の腕時計を外して、その金属ベルトの臭いをそっと嗅ぐのだ。あくまでもそっと、そして何度も。
 斯様にも過剰に「臭い」に反応するKJって一体?と思ったツモリはある日当人に訊いてみた。すると彼は事も無げにこう答えた。

KJ 「いや、ぼく前世が犬だったんですよ」
ツモリ 「い、犬? 前世?」
KJ 「ええ」
ツモリ 「ふぅん。じゃぁ、海とか川とか見ると飛び込みたくなるだろ?」

すると、KJはすました顔で言った。

KJ 「あ、それはないです。ぼく小型犬だったんで」


【成熟編 第五十八篇】

 ある時、全国の宣伝プロモーターや営業マンが一堂に集う大きな会議が開催された。その席上で或るアーティストについて説明していたKJがやにわに押し黙り、口ごもっている。

KJ 「ええっと、ほらよく言うじゃないですか?」

 話の前後の脈絡から「ニワトリが先か卵が先か」と言いたいのだ、と皆が推し測るも当の本人はその一節が思い出せないらしく苦悶の表情を浮かべている。

KJ 「何だっけ…ほら!?」

 皆と一緒に彼を見つめながらツモリは思った「ニワトリでもひよこでもいいからとにかく思い出すんだ、KJ!」

しばしの沈黙の後、彼の口から出た言葉は…

KJ 「小鳥っ」


©2020 Shuji Tsumori

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