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小説★アンバーアクセプタンス│十三話

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第十三話

あしたにやさしい思考回路

 お弁当がなければ給食を食べればいいんだよ ── アンバー・ハルカドットオム ──

 ★

 頑丈な扉の脇に配膳用の小窓がある。脱獄防止のためだ、頭を通せないくらいのサイズ。外から人工陽光が細く差し込んでいる。

「ハロー。巧妙な光明、なんつって」

 独房の朝食は悪くなかった。麦ご飯と冷えた味噌汁と漬け物二切れくらいしか支給してもらえないのではないかと心配していたけれど、熱い白飯に具だくさんのみそ汁と納豆と味付け海苔、ヨーグルトまでついてきた。

「おお。意外に手厚い。しかもちゃんと美味しい。じーん。立派な更生を願われている感じがするう」

 半日ぶりにお米を食べると感謝で脱獄する気が引けてしまった。もしかしたらそう思わせる手口かもしれなかった。

 ベル・エムいわく、ぼくの動力源は小型核融合炉ではない。人間みたいに定期的な食事が必須だ。有機物をお腹の中の特殊な酵素と細菌で培養増幅し、ナノマシンで分解吸収、運動エネルギーに変換しているのだとか。
 エネルギーを電気に換えて予備のバイオ燃料電池に蓄電できなくもないけれど、そうすると無駄に発熱してバッテリーを消耗する。なので基本的には運動と発電のセットを効率良く実行できるエコシステムが働いている。ドラえもんとよく似た仕組みだ。恥ずかしながらうんちもする。

 食事とトイレと座禅が終わった所で、また色々考えてみた。まずここまで誘導されたこと。位置が重要だ。船体の最後方部、燃料庫のすぐそば。付近は一般人の立ち入り不可。隔離中の者はぼくらだけ。もしこの辺りの部分的破壊、爆破などの無茶をしてしまっても、ポール以外の人命に被害は及ばない。

「仮にここでぼくが手っ取り早く自爆装置を起動したら、航行継続は困難で地球へ戻る急旋回になる。はは、そんな方法はありえないけど」

 破壊工作の算段は論外。食後は戸外運動をさせてもらえる。囚人ごっこみたい。ほんとに囚人なのにあはは。わくわくしてしまう。

 スティーブン・キング原作の映画、「ショーシャンクの空に」であったみたいな、合同運動場を使わされるだろう。ぼくもポールも書類上では単純な非行事実のみだから、他者との接触制限は受けていない。会話はあたりさわりのない範囲ならできるはずだ。そこで何をどう語り合おうか。看守のチクリ野郎たちには気をつける。

 彼の提案する作戦では飛車八号を墜落させなければならないとのこと。なぜそこまで劇的にさせたいのかが一つの考え所だった。

 この船はまぎれもなくベル・エムが長年を費やして完成させた現代テクノロジーの結晶だ。似たタイプの宇宙船は存在するが、これほど優れた箱舟は二つとない。
 なのに、わざわざぶっ壊すメリットなんてあるのか。我々の帰還する理由が別のアクシデントでは駄目なのか。そもそも帰還しなかったら我々はどうなる?

「そういう理由で還るしかないのかな……事故発生のため帰還、それはベストっぽい」

 別パターンいち。

 ベルもぼくも使い物にならなくなったとなれば、いずれ飛車八号の軌道は帰還協会の主導で地球へ戻される。そうなると預言死守党派はコロニー内で帰還側と武力衝突するために反体制を過激化するだろう。彼らは争う口実も組み立てやすくなる。だめ。

 別パターンに。

 ベルが何らかの理由で搭乗員たちに帰還をうながしたり、あるいは中立母星振興市のアンジェリナから帰還命令が出たりすれば、やはり預言死守党派が反発する。誰かがぼくに舵を取らせても同じ。だめ。
 ちなみにぼくが舵を取りそうだとポールが夜空ストローで喧伝していた理由は後述。

 別パターンさん。

 帰還せず航行を継続すると、普通に非常に危険。船内コロニーに蔓延する謎の奇病がこれまで以上に流行る可能性あり。なれ、なれ、なれ。あの幻聴はマジで耳障りが良くない。だめだめ。

 補足。
 ポールによるデマについて。推理含む(ぼくの推理だ、大きく外れはしないと思う)。

 幻聴「なれ」の集団共感現象。あれがポールたちの作戦だなんて真っ赤なダウトだ。幻聴は本当に原因不明。宇宙もしくは特殊な閉鎖空間のせいで起こっている未知の怪異だ。ぼくだってわからないものはわからない。太宰、芥川、鴎外、漱石。彼らが書いてしまった以降の時代から、人を呪うような幻聴「なれ」は古典文学的な環境の中では超自然的に甦るのかもしれない。過去から本物の幽霊が追いかけてくるみたいに。
 恐怖の伝播しやすい子どもたちが本当にわからないことの怖さ・・・・・・・・・・・・・を知ったら、致死性の集団パニックに至る可能性はある。

 それでポールは自分が犯人だと嘘をつく方がましだと判断した。正直者のポールにそんな嘘をつかせるほど事態は現に深刻と思われる。大きなパニックが起こらないうちに小さなパニックを起こす効果も狙ってた。インフルエンザの予防接種をするみたいに。

 混乱の防止を優先、ゆえに重大な警鐘は鳴らさず。それは色々な立場の人たちの思考を阻害し、主体的なアクションを遅らせる効果もあったんだ。

 トラブルを起こす以外はどんな手を打っても誰かが紛争に巻き込まれかねない?
 もしそこまで考えていたのであれば、なおさら合点だ。

 帰還協会は人類悲願のミッションのクリア、すなわち飛車八号の船内コロニーで多子化が成功することを望んでる。
 持続可能な多子化社会を確立してから帰還するべきと主張する立場であるから、多少のアクシデントでは迅速に帰還するための行動なんか選択しない。

 ポールがぼくに船の舵を取らせたいのは、絶対的中立者であるアンジェリナ市長の立場を守りたいからだろう。誰の味方もしないアンジェリナは、預言派とも帰還派ともベルとも里中七段とも事実上対立してきた。

 ポールはみんなの命を考えて独自に動いている。アンジェリナは唯一孤立しているミスターポールにしか協力できない。

「何せまともな話し合いにはならない。運動場では他愛ない恋バナでも聞かせてもらおうか。もしくは、ウォシュレットなしのトイレって生まれて初めてだったわ、そんな獄中の平凡な愚痴を聞いてもらう」

 不時着程度じゃなく完全なる墜落をお望み、その時こそ人類への警鐘が鳴らせるって考えは見え見えだ。腐ってもジャーナリストの意地は残っているってことだろうか。

 大枚はたける一握りの富豪や運良く選ばれた人々がうまく宇宙を逃げ回れても、地球が潤うはずはない。
 その事実の証左として巨大な宇宙船が大爆発する程のインパクトが必要になる。ベルを地下から救け出すためにも。
 結論、人命の死守は絶対として、ビームサーベルで諸悪の根源を断ち切るが良い、か。

 ・・・

 あ、忘れちゃいけない課題。搭乗員全員が生存する魔法。その具体的な方法はある。

 タイムマシーンもどこでもドアも、作ってるひまなんか全然なさそうだ。なので、センター生たちに学習センターを改造させよう。
 あれは元がおばけどんぐりみたいに堅牢だし収容キャパもある。船内にある素材で工夫すれば無敵のシェルターにできる。

 ヒントは、やはりアナログなマトリョーシカからいただいた。
 耐熱チタン合金、超高々度鋼、ウルトラカーボンナノチューブ、ケブラー繊維合成プラスチック、スーパーグラフェン、高密度発砲スチロール樹脂、衝撃吸収ジェルブロック、蜘蛛糸式和紙、エトセトラ。様々なクッション素材をくっつけて多重バリアを作っちゃうのだ。
 本船がどんなに激しく墜落爆発大破炎上したとしても、理論上は内部の内部の内部、最深部の学習センターを神殿のごとく守れる。

 みんな生きて帰ろう、水色の惑星に。

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第十四話
「銀河の汀のファンタジー」につづく

 (注)
 作品中、二〇二四年七月七日の時点でまだ実現されていない素材が書かれています。

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