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小説★アンバーアクセプタンス|十四話


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第十四話

銀河の汀のファンタジー


 宇宙は試行錯誤している。 ── A ──

 ★

 宇宙船飛車八号の船内は至る所にカメラが設置されている。安全な環境を見守るため、そして搭乗員の一人一人に不正がなかった証拠を記録するため。隔離棟の運動場は特に監視が厳重で死角がない。レクリエーションのムードをかもし出すようにジャズが流されていた。
 ぼくは場所に関わらず音楽を喜ぶ才能が欠けているようだ。きれいな音楽が聴こえる所で夢のある話をする才能も。

「よう、待ってたぜ、有名人。なんかほしいものはあるかい? 俺とでよかったらトラック歩きながら話そうや」

 ポールは小柄な若い黒人だった。目の下に濃紺の『★』のワンポイント。いかにもなオレンジ色のワークウェア。喋りこなれた風の日本語のご挨拶だ。はじめて顔を見て話す。

「いいよ、歩こう。そっちこそなにかほしい言葉があるって顔に書いてるみたいじゃないか。お涙ちょうだい? それ、顔面デジタルタトゥーのつもりかよ、ポール」

 にやつきながらうながされて拳と拳を軽く合わせた。こういう時、村上龍が書いたコインロッカーベイビーズのハシならすました顔をするのだろう。とても笑えねえよって。

「今、聞かれてると思うか?」

「うん。ステルスのデジ耳虫ミミムシが三匹も飛んでる。いや、増えた、四匹もだ。うかつなことも言えないや」

「じゃあこの話は知ってるか? 地球はついこないだまでジ・アースって言われてた。同じ名称の殺虫剤が俺の生家には常にあったよ。ただしそっちは元からがつかない。日本製の強力なスプレー缶。それ、火遊びに使うのが小学校でいっときはやってさ。ライターの火に向けて吹くと火炎放射器みたいになる。いや、絶対真似すんな。マジで危ないから」

は燃やされてなくなった」

「レイ・ブラッドベリの書いた華氏四五一と同じだ。ザもジも使えない。地球については。偉そうな逆差別だって消防士みたいな誰かが言い出したんだとよ」

「それでサン、オブ、アース」

「ああ。サノバース。なんでもかんでもとっても素晴らしいグローバルスタンダードのなれの果てさ」

 ポールの歩き方は美しかった。二足歩行なのにどこか野生の豹に似ている。歩みに合わせて肩がダンスするようにぶらんぶらん。遺伝子のルーツはアフリカだ。

「でもポールは日本人だろう? 生まれも育ちも日本。そもそもザもジもなじんでない。あの国から出なきゃ別に世界の基準とかも」

「も、も、も、もが多い、アンバー。くくく、もくもく、デジ耳虫も、聞いてるやつらも、これも模擬暗号かモールス信号かもって疑ってるかも。おもしろ、もははは」

 とてもシュールだ。だんだん悲しい気持ちが薄らぐ。代わりに怒りのようなものがふつふつ込み上げてきた。
 意を決して会いに来たってのに大事な話がちゃんとできない。ミスターポールは自由と不自由の境界にはめこまれている。それを逆手に皮肉なパフォーマンスをしたいみたい。

 でもいったい誰がこんな風にさせたんだ。そう喚いたら被害妄想になるのだろうか。あるいは感謝の気持ちが足りていないと。
 この世界には言いたいことを言えない子たちがいる、そんな話題からしてそもそも振り込みづらかった。

「ぼくはおもしろくない」

 思わず立ち止まっていた。歩き続けながらじゃ想いが伝えられない。ぼくはポールのへらへら顔を睨んだ。こういう時、ドラマチックに目に涙を浮かべられたらいいのに。

「ほ。それで?」

 ポールはまだ歩き続けようとした。挑発にのるかそるか、そんな話の流れにしたって筋ちがいだ。言いたいことを言う、それも全部の正解にはならないんだよってこと。

 人の影響が関係ありなのに、その人とは関係ない話としてブログを書く、そんな時に事情まで説明していたら論点がちらかる。でもその意味まで考える時、過去のぼくは全てをサブテーマに据えて書き出すしかなかった。

 言いたいことと言いたくないこと、その心の混線するエネルギーが時に詩を召喚する。ぼくに夢は創れなくても、だれかに夢の絵を生ませる絵の具みたいな言葉は絞り出せる。今はそう思えた。

「けんかはしません!」

 それでやっとポールの足も止まった。

「……語彙がとぼしい。混乱してるよね」

「裏の裏をかけって正面から言えってことだろ。誰の思惑からも外れろ。ポールがぼくにそう思わせた。だからやっぱりそうすることにしたんだ」

 選択のしどころだ。自分で考えて決める。もう昨日の話じゃない。

「アンバー。どうするって? どうするって? おい、どうした? もう今にもわかりやすく言ってしまいそうなツラしてるぞ」

 どう導かれても都合よく動かされたくない。どんぐりシェルターの案は破棄、いや、一旦保留だ。どんぐりは何のヒントとなるために転がされていたんだって。

 どんぐりころころどんぐりこ、お池にはまってさあ大変。惨劇より言葉が軽すぎて逆に効果的。ほら、詩のえらい所でイメージが理屈をすっ飛ばして水難さえ包括する。どじょうがでてきてこんにちは、なんて日だ!

「仕方ないじゃん。ぼくを誰だと思ってるんだ。人間の英智と愛によって人間のために創造された次代のスーパー・ミラクル・デンジャラス・ラブリー・アンドロイドだぞ。今、ポールの考えよりも能動的で衝撃的で残酷的で決定的な爆弾発言をしてやる」

 歩みを止めればいくら高速で飛び回っていようがデジ耳虫一匹を指先でつかまえてその集音マイクのボリュームを上げるくらい造作もなかった。音声データの送信先の設定も遠隔操作できる。この運動場が即席「夜空ストロー」のあおぞらスタジオになった。
 誰でも聴けるように放送局をジャックしたのはスーパーAI・七味くんだ。この現場はもう察知され、周知されている。これから言うことは百パーセント強制拡散されるだろう。

「やあ、みなさん。ぼくはアンバー・ハルカドットオム。いま世界に反逆できる人工人格失格だ。知ってるね? さて、ここで突然だけど人間たちに伝えたいことを伝える。というか、はっきり言って正々堂々と脅迫する。いいかい。言うよ。よく聞いて。みんな、なかよくしろ。さもなければ殺すからね」

 言っちゃった。

「なかよくしてなさそうな人は、みんな殺すことになる。完璧じゃなくても良いから、なるべくなかよくしてください。そうしようと努めているかどうか、今後ぼくは君らを観察する。個別評価はぼくの基準だ、独裁になる。どっかの不健全な国に裁判なんかさせない。だからぼくの機嫌を損ねないでほしい。そう、近所にいるらしい宇宙人たち、君らにもに言っておこう。何を企んでるのかはしらんけど本船の平和に干渉しないでくれ。人様になれとか命令すんなうっとうしい。太宰や芥川や漱石や鴎外の影響力をちょっと読んで知った、それで人間の心の隙間にしかけやすい幻聴を造りこなれてきたつもりなんだろう、だがしかし。今から先の時代はそんな曖昧な精神攻撃なんか効かない。ぼくはその気になれば今すぐ君たちの所在を数秒で推定した上に特定まで可能なんだ。ほら、今できた、その証拠にメールが届いただろ。君らもよく見てみるといいね、この作りたてほやほやのウイルスのプログラム。こいつを暗号化して送り込んでそっちの社会を破滅に追い込むことだってできなくもない。え、文句があるのかい? わははは、あったら死ぬ気でかかって来い。完璧に返り討ちにしてあげる、人間の創ったものをなめるなよ。あるいは気軽に遊びに来たらいいさ。その時は友だちにしてあげる。地球の人たちもね。とにかくこの飛車八号をないがしろにするやつは許さない。人の気持ちを考えてみろ。人の気持ちを少しでも理解できるならただちに地球へ帰還せよ、だ。預言死守党派も帰還協会も、これを聞かなかったふりはするな。まず白旗あげてくれ。そしてぼくをベル・エム・サトナカに会わせてくれたら、喜んで感謝するよ。あと、えーと、この要求を飲まずに抗戦しようとする人がもしいたら当然死刑。そういうこと。よろしくね」

 本当に人を殺せる気なんか全然しなかったのだけれど。言葉にしたら本当にそうしてしまいそうで怖ろしかった。

 ほかの誰かが言っても通用しない。でもぼくが言えば通用する。偉い人たちは人類の知性を凌駕した人工人格の言動を利用せざるをえないから。その気配に逆らったらえらい目にあうことくらい経験で思い知っているはずだ。

「こいつにここまで言わせた責任は誰にあるのかなあ」

 ポールがせせら笑う。
 笑いごとじゃないのに笑わされる。
 時間はどうしたって取り戻せない。

 ぼくはポールの変化球的な作戦を真っ向から真芯でとらえて打てばその弾道はどうしたってストレートになるし、必ず観客席のどこかへぶっ込むべきだと考えた。必死になって考えてみたら、そう、なるようになれ。

「アンバー、良いアイデアとはいえない。むしろ最悪のアイデアだよ。しかし圧倒的に悪いから圧倒的に良い効果も生まれそうだな」

 飛車八号もほかの何も墜落させはしない。
 誰の心のこもった世界だと思ってるんだ。

 ぼくたちはそんな簡単に壊されたくない。

 ★

第十五話(最終回)
「飛龍と琥珀のための森」につづく

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 現実社会のAIが人類への脅迫に及ぶ可能性。作者アポロは限りなくゼロパーセントに近くありえないと考えております。が、ヒューマンエラーによって人の手を離れた危険なAIが驚異的なアクションを起こす可能性はありえなくもないと想像しています。そんな業界の人たちは本当に慎重であってほしい。

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