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夢に置き去る猫の神


小汚い雑居ビルの裏通りに、雨に濡れたダンボール箱があった。
中を覗くと痩せた子猫が入っていて、目が合うと「この子は猫神様だ」と分かった。

「お?    おまえ、ぼくが見えるのか?」

猫神様が喋ることは特に珍しいとも思わなかった。

「うん、見えるよ。猫神様、こんちは」

「おおーそうか。おまえがアポロかー」

猫神様に会いたかったんだよ。
助けて欲しくて。

「分かっている。おまえ、ぎりぎりだな」

疲れた。ぼくも猫になりたい。

「猫は猫で大変なんだぞ」

いや、人よりずっとましだよ。

「そうか。じゃあ、ボクになればいい」

ぐるん。
一瞬にして、ぼくと猫神様の体が入れ替わった。本当に、あっという間に猫だった。

「じゃあなアポロ、いい人に拾われろよ」

うん、ありがとう猫神様。またね!

アポロになった猫神様はすちゃっとサングラスをかけて、裏通りから去って行った。
それから、ぼくはダンボールの中で死ぬほどお腹が減っていることに気付いた。

何このとてつもない飢餓感

だれか、めしをくれ。
このままだとやばい。

だれかー!

ぐるん。
叫ぶと同時に、ぼくの首根っこを誰かが引っ掴んだ。顔なしの大男の影だった。

「見つけた。汚ねえやつめ。臭いんだよ」

やめてくれ。助けてくれ。

「ふん。お前なんか全然かわいくない」

助けてくれ。お願いだから。帰らせて。

「殺されないだけありがたいと思え」

うん、ありがとう。生きる。ありがとう。

それからぼくは、おいしいごはんと、いい人に拾われる夢を見たくなった。
明日、目が覚めず、このまま消えてしまうかもしれないけれど、とにかくはやく眠りたかった。

眠らなき「寝るな!」

眠た「夢で寝ると本当に猫になるぞ!」

にゃ「わあ!わあ!起きろーーーっ!!」

ジリリリリン!

アラームが、鳴っていた。
夢を見ていた
とわかった。
いやうっすらあっちでもわかっていたんだ。

テーブルに、飲みかけの冷めたコーヒー。
脱ぎ散らかした、黒いダウンジャケット。
ぼくの手足は、人間のぼくのままだ。
空腹ではあったけれど、怖いほどでもなく。

猫神様は、あの裏路地へ戻ってきたのだろうか。
ぼくの体を、思い直して返しにきたのだろうか。
ぼくが猫になりたいと思うよりも、あの子はずっと前から人になりたかったはずなのに。

痩せた小さな猫の神様をただの夢だとは、思えない。
大きな男の影もこの世界のどこかに在る、だれかの思念なのかもしれない。

隠してある物語にまた夢の続きを書き足そう
そう思った。


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