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どうかこの子がぐずりませんように。次の駅に着くまでは。

電車の中で、ぐずる子をあやす親が居ると、何も出来ないけれど、とにかく頑張れ、こちらは気にしないで、と念を送る。もしチャンスがあれば、気付いてもらえるかどうかはさておき、笑顔を送る。

私も、こどもが小さいときの移動はいつも極度に緊張していた。出来ればお腹をいっぱいにして、疲れて眠りそうなタイミングを狙って電車に乗り込む。或いは、車を走らせる。とにかく、子を寝かせたまま移動できれば、こんなに有り難いことはない。

しかし、長距離ともなればそうもいかない。必ず目を覚ますから、そういう時のために、気を紛らわすおもちゃとか、おやつとかを大量に持っていく。

電車で泣かれるのも困るけれど、車移動で運転中に泣かれるのも、私はとてもつらい。早く着きたいという気持ちで運転が危なくなるし、後部座席で泣いている子をどうにも出来ないのは、心理的にとても参ってしまうからだ。

そういうわけで、私は子連れでの移動がとても苦手だった。それでも、こどもが大きくなるに連れて、だんだんと楽になる。特に卒乳すると、授乳間隔を気にしなくて良いのでだいぶ良い。

子の成長と共に、そうやって少しずつ楽になるのだと、信じていた。2番目のニンタの病気が分かるまでは。

三人きょうだいの中間子、ニンタは知的障害と発達障害があり、4歳でグルコーストランスポーター1欠損症と診断された。それから厳しい食事制限を続けている。糖質がほとんどとれないので、市販のお菓子はほとんど食べられない。

市販のお菓子が食べられない、という事で、一番困るのは、そういう移動中だ。こどもがぐずるのは、「お腹が空いた」という場合もあるけれど、大抵は「飽きたし、口さみしい」という感覚なのだろうと想像している。

ニンタは焼鳥が好きだし、焼鳥は低糖質で良い。でも、そういう車移動に飽きたとき、食べたいのは焼鳥ではないらしい。ちょっと甘いものとか。パリパリ少しずつ食べられるスナック菓子とか。

もちろん、それに似たものは持っていく。チーズを焼いてパリっとさせたものとか、チーズそのものとか、ナッツ類とか、ちょっとお高めの低糖質チョコとか。

でも、それも際限なく食べて良いわけではない。どれも糖質がゼロではないから、ここぞというタイミングで出して、最低限の量で乗り切れるように調整する。

こども3人の授乳が終わっても、ニンタの食事制限により、私は新たな移動問題を抱えていた。

ニンタの病気がわかってから、長距離移動するような旅行などは、がくんと減った。ニンタだけではなく、他の子も、ニンタに合わせてお菓子を我慢しなければいけないからだ。そんな我慢比べのような移動をするくらいなら、近場で遊んだ方がいい。

しかし、避けられないのが、ニンタ本人の検査入院だった。ニンタと同じ病気を多く診ている病院は少なく、悩んだ末、私は車で3時間ほどかかる遠方の病院を選んだ。

3ヶ月に一度の検査入院。最初は基本編の「寝ているうちに移動作戦」で挑んだ。4歳のニンタはまだ体力がなく、お昼寝するタイプの子だったので、寝るタイミングで移動し、移動中に起きたら、あとは泣かせたまま爆走するという力技だった。

もちろんサービスエリアで休憩することもある。しかし、サービスエリアにある魅力的な食べ物は、ほとんど糖質が高くて食べられない。それは、ニンタにとってどうなのかと思うところもあり、3時間寝たままノンストップで行けることが最善策と思えたのだった。

ニンタとの移動は、「空腹」と「飽きた」の戦い。それは新生児のそれとほとんど同じで、移動日の数日前から、私の心はちっとも休まることがなかった。

そして時は流れて、現在ニンタは7歳。食事制限にも慣れてきて、食べてはいけないものを欲しがる事も少なくなった。検査入院は半年に一度になり、更には、体力がついてきたのか、お昼寝もあまりしなくなった。そして「テレビを見て楽しむ」という新たな能力も手に入れて、移動中にぐずることは減り、アニメのDVDなどを見ながら時間も潰せるようになっている。

そこでふと、気付いたのだ。入退院の時、そんなに急がずとも、もう良いのではないだろうか。もしかして、もうニンタは移動を楽しめるまで成長したのでは…?

今年の夏休みは、いつも通り検査入院があった。しかし、いつもと違ったのは、退院日の昼食をお願いしなかった事だった。

退院日には検査もなく、朝食を食べたら退院すれば良い。でも、病院で、糖質がきちんと計算された昼食を食べて、少々疲れた午後に帰って、もしタイミングが合えば、車内で少しウトウトするかもしれない。それが「移動中にニンタがぐずらない」ベストなスケジュールだと私が思っていたからだ。

でも、昼食ナシで退院して、寄り道して帰ったらどうなるか。やってみよう。今のニンタなら出来る気がする。

退院日当日。朝食を食べたあと、早々に荷物をまとめて出発する。軽く買い物などして時間をつぶし、お昼は地元で人気のレストランで食べた。ニンタは糖質の低いお肉料理。でも、私も同じものを食べているので問題ない。ニンタはごきげんで料理を食べたし、私もそのおいしさに目を見張った。

いつもより遅い帰り時間になり、そろそろ高速を降りようかというところでぐずり始めてしまったけれど、「もう少しだから待って」と言い聞かせながら運転し、下道に出てからもう一度休憩。家につく頃にはごきげんで「ただいま!」と言えるくらいになっていた。

遠方への入院は、毎回行きと帰りの移動が無事で終わるかどうか、とても緊張するものだった。いかにニンタをぐずらせず、いかに素早く行って帰るか。それが私のミッション。

ところが今回は、ちょっとした小旅行を味わったような気分だった。昼食を病院ではなく、外食にしたことで、こんなにも気分が違う。ニンタも楽しそう。

こんな事が出来るようになる日が来るなんて、思いもしなかった。次の入院の帰りは、どこに寄って帰ろう。そんなことが考えられるようになるなんて。

こどもの世話でいっぱいいっぱいになるであろう夏休みが始まる時、私は戦々恐々とした気持ちをなだめるように、noteにこう書いた。

「夏休み、これが楽しかったな」と言えることを、一つでもいいから持って、帰ってきます。

その宣言というか、夏休みの宿題の答えは、おそらく、このニンタとの外食だと思う。私達親子にとって、大きな一歩だった。

今も、こどもが目を覚まさないように、祈りながら移動している小さな子の親御さん。妙案はないけれど、それは成長と共に少しずつ楽になるから、今だけ頑張ってと伝えたい。

ニンタは少し遅めで、7歳で階段を一段あがった。それでもまだまだ緊張するけれど。

そして、障害の関係で移動がとても苦手、この先も緊張が続く、という人も居ると思う。

冒頭の話に戻るけれど、私はそういう人を見かけると、全力で応援している。乳児だからとか、障害があるからとか、いろんな理由で、移動中じっとしている事が出来なかったり、ものすごくストレスを感じる人がいる。或いは、車椅子などの理由で、下準備がものすごく必要な上に当日変更できなかったりする人も。

移動が憂鬱だと思っている全ての人に、私は味方です、と言いたいし、世の中はより良い方へ変わっていくべきだと、身を持って感じている。

いつの日か。何も怖がることなく、誰でも、いつでも、さあ、出かけよう!と言える日が来ますように。

それぞれ事情は違うのだろうけれど、おいしいレストランに初めて寄り道出来たという、個人的な喜びから、そんな事を考えている。

全ての人に、そういう喜びがあって然るべきだ。

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