カエル日を待っている ☆絵・写真から着想した話 その9
☝🏼この写真から書いた妄想話です
奈々子の足の話をしようと思う。
先に言っとくが、谷崎の「富美子の足」みたいな、そっち系の話ではない。でも、俺の彼女だった人の話だ。
先週別れて、同棲を解消した。
奈々子は、身長が149センチしかない小柄な人だった。痩せっぽっちで、足も小さかったが、負けん気と元気だけはいっぱいあった。
21センチ──。奈々子の足のサイズ。奈々子曰く「小学2年の上履を、ソックス着用で楽に履ける」そうだ(奈々子は、小学校の教師をしていた)
「服も靴も、限られたお店でしか買えないんだよね」
服は3号。ブランドによっては0号。
「えっ、0号ってあるんだ」
初めて聞いた時、仰天したら、
「あるよ。ほら」
首の後ろのタグを見せてくれた。相手が驚く度に、見せて遊ぶのだという。自虐ネタを自慢のごとく話す。
「一時的な流行りものは、買い手が少ない3号なんてつくってくれないの。今年の流行を求めてお店に行っても、売ってないパターンばっか。夏に大流行したサンダルがあった年、21センチは無かったから注文して作ってもらおうとしたわけ。そしたら、『木型をとってから個人発注になるので、出来上がりは秋過ぎになります』って。意味ないじゃん。はは」
天を見て笑ったあと、
「でも、知ってる? シンデレラの靴のサイズは21センチだったんだって。靴メーカーのホームページに書いてあった」
誇らしげに鼻をふくらませた。
文化財や古い建築物の見学デートでは、入口の貼り紙に、半ギレしていた。
【 履物を脱いで、スリッパに履き替えてください 】
奈々子には、スリッパが巨大すぎる。子ども用のスリッパが用意してあるところは少なくて、大人用……つまり大人の男性も履けるサイズのスリッパのみが用意されているケースがほとんどなのだ。(子ども用があれば、奈々子はそっちにしていた)
「見学する人は、みんな大人だと思っているの? 子どもとか私のような小足がこのスリッパを履いたら、どんだけ歩きにくいかわかってんのか!!」
茶色もしくは緑色のスリッパが詰まった箱を睨んでいたなあ。
歩くだけで、スリッパが前に飛んでいきそうになるので、つま先を妙な形で反り気味にして踏み出さねばならぬそうだ。神経が疲弊して、見学に集中しにくい。お城の天守閣に登る急な階段なんぞ「あああ、スリッパが……落ちるぅ」と、もう必死で、実際に落としてたりしてた。
奈々子が「なぜ、小さなサイズをつくらないのだ!」と、怒っていた履物に、風呂ブーツがある。そう、風呂掃除をする時に履くあれだ。足を持ち上げると、ブーツを残して足だけすぽっと抜けてしまうこと多々。そもそも足首がばがばデザインが基本形だから、脱げてしまうわ水は侵入しやすいわで大変なのだそうだ。
が、ある日帰宅すると
「風呂ブーツ問題、解決した」
と、雨用長靴をかざしてみせた。ビニール製の小さな長靴。青地に緑のカエル模様。あきらかに子ども用の。
「発想の転換で、子ども用のビニール長靴を検索してAmazonでゲットした。21センチサイズ対応のやつ。見て見て。ぴったり!」
床に置いて足を入れ、腰に手をあてて足踏みしてみせた。
「希望どおり。うれしいな。これで風呂掃除のストレスから解放されたよ」
カエルの長靴は、27歳の奈々子になぜだかとても似合っていた。
去年の暮、互いに「今年買って良かったもの」を発表し合っていた時に、奈々子はこのカエルの雨靴……じゃなくて、風呂ブーツを1位にあげていた。
部屋履きの子ども用スリッパも、玄関に並んでいた21センチのパンプスも、スニーカーもみんな持って行ったのに。
このカエルの長靴だけ忘れていきやがった。
風呂掃除、俺がすればいいってなぜ気づかなかったんだろう。
カエルは忘れたんじゃなくて、置いていったのかもと、今さら……。
了