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ピンチピンチ チャンスチャンス ランランラ~ン♪             ☆絵・写真から着想した話 その10

☝🏼この写真から書いた妄想話です  

                                 「今日はやめなよ。バカじゃねーの」
 激しい雨音に逆らうハルの声は、叫びに近かった。
 僕は無視して、横断歩道へと向かった。
「リク! 聞こえないのかよ!」
 横断歩道は、見る間に水に浸かってゆく。早くしないと、どんどん渡りにくくなる。塾リュックをからだの前に回して、両手で傘の柄をしっかり持ち直した。
「うちの……おとう……迎え……車で一緒に……かえ……」
 後ろから途切れて聞こえる声を無視して一歩を踏み出した。大丈夫、まだふくらはぎの水深だ。水の中を歩くのは、大人なら膝下まで。子どもなら膝下でも危ないとユーチューブで見たのを、思い出す。そんな僕って、冷静だよなと思う。大丈夫。冷静。だから、きっと成功する。──でも、子どもって何歳くらいのこと? 大丈夫。大丈夫。四年生は膝下まで大丈夫。行ける行ける。渡ってみせる。横断歩道の白いところだけ踏んで進むのだ!
 僕とハルは、同じクラスで学習塾仲間でもある。塾が終わる時間は夜の八時過ぎなので、
迎えに来る親は多い。ふたりとも家が塾からそんなに遠くないので、天気が悪い時だけ親が迎えに来る。いつもは一緒に歩いて帰る。僕を迎えに来るのは、いつもお母さんの方だ。お父さんはまだ会社から帰る途中の時間だから。今日、お母さんは迎えに来られない。おじいちゃんの病院へ行ってる。予報で激しい雨になりそうなのは、深夜になってからということだったので、お母さんも今ごろ病院でびっくりしているんじゃないかな。それともお母さんの所は降ってないのかな。
 大丈夫。僕の思考回路は、冷静。
 白いところだけ踏んで歩く。
 ああ、今日は難しい。スニーカーが水を含んで重い。横断歩道の白い線は水に揺れ、色が薄れて見える。
 白いところだけ。踏み外さずに。

 一年生の時だった。飼っていたカメのかめ吉が脱走して行方不明になった。その時僕は、近所の電信柱から電信柱まで息を止めて走ることを十回したら、かめ吉が見つかると願いをかけて実行した。──次の朝、隣のおばさんが「これ、リクちゃんのカメじゃない?」とうちに連れて来てくれた。三年生でインコのピー太郎が逃げた時にもこの方法を使って十回目が終わると交番から電話が来た。「お宅の住所をしゃべるインコが届けられているのですが」。同じく三年生の時。おばあちゃんの首にへんなしこりが出来て、検査することになった。よし、と電信柱呼吸止めをやったけど「再検査」だってがっかりしているので、人間には効かないのかなと別の方法を考えたのが、横断歩道の白線だけを歩いて渡り切る──というやつ。その頃通い始めたばかりの塾近くの横断歩道が長く、なんか長いほうが効果がありそうだったから。白線だけを歩いて帰る──の十日めに検査の結果は良性で、とっちゃえば治ると連絡があった。
 僕のこの不思議な力は、誰にもしゃべってはいない。きっとしゃべってしまったら、その効果は無くなってしまうに違いないと思う。
 お母さんは、今、病院でおじいちゃんのそばにいる。おじいちゃんは、ガンなんだって。ステージ何とかが進行してて、それをおじいちゃんも知っているんだって。リクに教えてもいいよと言ったんだって。なぜだろう。もしかして、僕の「いいほうにひっくり返す力」で助けてもらいたいから? まかせてよ。おじいちゃん。ぼくが白線を十回渡れば治っちゃうよ。キセキテキにね。
 おじいちゃんと僕は、オセロゲームをよくした。最初はおじいちゃんの家にあったオセロを僕が見つけたんだ。たんすの上に四角くて平べったい箱があったから、あれ何?
と訊いたら「これか」とおろしてくれた。古ぼけた箱のふたには、緑色のマス目に並ぶ白黒の丸い石の写真があった。
「知ってるよ。オセロ」
「できるのか」
「うん」
 おじいちゃんは、嬉しそうだった。おじいちゃんはアプリやソフトを使うゲームを一緒にしてくれない。出来るけど、そんなにやりたいセダイじゃないとかなんとかで。
「リク、対戦しよう」
 その日から、もう何回もした。なんとなく、おじいちゃんが黒で僕が白で戦うのが決まりになっていた。僕がうまいことやって、黒の石をくるくると白い石に裏返すと、
「やられたぁ。リクの大逆転だ。人生もこういう事があるぞ。負けそうになっても、しっかり受け止めて手を打てば、この黒から一気に反転した白のように……」
 なんて難しい顔をして、負けてるくせにいうから、
「ピンチピンチ チャンスチャンス ランランラ~ン! でしょ」
と歌ってあげた。
「おっ、面白い。リクが考えたのか」
「違うよ。どこかの誰かが考えた『あめふり』の替え歌で、友だちから教えてもらった」
「替え歌のほうが、おじいちゃんは好きだな」
「僕も」
「リクには、好転させる力がありそうだ。意味わかるか? いいほうに反転させるってことだ。反転は、ひっくり返すこと、な」
 
 一歩。一歩。水底の白だけに足を置いてゆく。
 ハルは、数日前から僕が白いところだけで横断しているのに気づいていて、それがただの「遊び」だと思っている。もう、ハルの声は聞こえない。
 今日が十回目。
 だから。
 絶対に、渡るんだ。
 雨で霞む前だけ見て歩く。
 もしかして振り返ったら、僕が歩いた所のアスファルト色の部分は、全部白に反転しているのかも知れない。渡り切った時、白く輝く道に変わってるんだ。
 おじいちゃん。僕が助けてあげる。
 あと少し。
 あと一歩。

 やった。
 成功!
 渡り切った!

 向こう側の道路までたどり着いた時、そら耳のようにお母さんの声が聞こえた。
「リク! リク!」
 ──本物だ。お母さん。来てくれたの?
 体当たりして僕を抱きしめる。
「ばかっ! 何やってんの! 何でこんな……ばかっ!」
 傘が手から離れて飛んで行く。
 雨が痛い。お母さんがつかんだ腕が痛い。
 ──成功したよ。おじいちゃん。
「こんな危ない……大変なことになったら……リク、なんで笑ってるの!」

                              了