だらしがないを、改めたい
患者が上京したのは、大阪の短期大学に
入学したのがきっかけだ。
田舎者にとって、大阪はとても刺激的な
街だった。
これまでの人生で、患者が最も
調子に乗っていた時期。
もしもこの時代へワープできるなら。
あの頃のじぶんに、言ってやりたいことが
山ほどある。
女子大生だった患者は、その日
駅のホームを歩いていた。
コンパか何かに出かけるところだったと思う。
穴をあけたばかりの耳にはピアス、
メイクはしていたけど、いまひとつ
あか抜けない感じ。
外出時、女子大生はヘッドフォンをつけている。
友だちから誘われて、バンドでドラムを担当していた。
次のスタジオ練習では、当時とても人気だったバンド、
リンドバーグの曲を演奏しようと言われていて。
だから、ヘッドフォンから流れていた曲は
「今すぐKiss Me」だった。
ホームを歩いていると、なんだか
わりと強めの視線を感じた。
調子に乗っている女子大生のことを、
少し離れた駅のベンチから
見知らぬおばさんが凝視している。
(なにあのおばさん。勧誘?お説教?)
女子大生は、おばさんに対して厳戒態勢を敷いた。
おばさんは、暗い表情でこちらへやってきた。
人混みをかきわけて、
ぐんぐん近寄ってくる。
そして、女子大生の真ん前で立ち止まった。
おばさん「あの、ちょっと‥‥」
エリィ「?(無言)」
おばさん「あの‥‥ちょっと‥‥」
エリィ「(無言をつらぬく)」
おばさんの声はなぜか、
だんだん小さくなっていった。
おばさん「(あの、そこ‥‥)」
エリィ「は?」
おばさん「(あいてるでしょう)」
エリィ「え?よく聞こえない。何ですか?」
おばさん「(あいてるの)」
もうおばさんの声は、まったく出ていなかった。
ほぼ口パクだったけれど、それでもはっきりと、
こう宣告した。
おばさん「あいてる。ファスナー‥‥」
エリィ「!!!」
おばさんは、一目散に去っていった。
恥ずべきは、人の親切に横柄な態度をとったうえに
Gパンのファスナー全開で歩く田舎者である。
元来、だらしのない性分なのは
今でこそ自覚している。
ただし女子大生よ、せめて人に対して誠実であれ。
あれから、ん十年経過した。
だらしない女子大生は、大人になっても
大阪にいた。今日はバスを待っている。
バス停前の店先に、大きな窓ガラスがあり、
じぶんの全身が映っていた。
ファスナーこそあいてなかったけれど、
足もとの様子がおかしい。
「なんじゃこりゃ?」
素足に真っ赤な絆創膏が貼ってある。
何かのキャラクターが描かれており、
なんというか、通りすがりの人が
振り返るレベルで目立っていた。
患者はいま、アバスチンと言う薬の副作用のため
些細なことで出血することがある。
そしてなかなか止血しない。
今朝も蚊に刺された足を掻いてしまい、出血した。
薬の引き出しに、郵便局からもらった絆創膏があったから
応急処置として貼っていたのだ。
もういいおとななのだから、身だしなみくらい
ちゃんとして外出しなよ。
女子大生が2017年へワープして来たら、
そう言いそうな気がする。