開かずの扉
ある休日の夕方、患者は近所の警察署にいた。
ハゲ頭にニット帽をかぶり、
パーカーを羽織っていた。
さらにステテコ、スニーカー。
ノーメイクだし、
体調不良でひどいやつれようだった。
とんだハゲパジャマ女の登場に、
警察署の職員は明らかに困っていた。
エリィ「あの‥なんといいますか‥
オートロックの集合住宅なのに、
鍵を持たずに屋外へ出てしまいまして‥‥
それで、ロックのかかった家へ入れなくて
とても困っておりまして‥‥」
警官「‥‥はぁ。しかし
我々にはどうしようもできないです。
たとえば、他の部屋のインターホンを押して助けを
求めてみては‥」
エリィ「やってみたのですが、誰も応対なくて」
警官「管理会社へ電話してみるとか‥」
エリィ「電話持ってないです」
警官「じゃあ、どうさせてもらえばいいですか?」
エリィ「‥‥えーと、建物の中には簡単に入れるんです。
壁を乗り越えて入ったら、
内側から鍵を開けてもらうとか?
あ、私は持病でそういった運動ができませんで‥‥」
警官「いや、我々も勝手に入るわけにはいきませんよ」
エリィ「‥‥そうですよねぇ」
ハゲパジャマは、肩を落とし
開かない扉の前へ戻っていった。
その日は朝から、ずっと自宅でうだうだ寝ていた。
夕方になって、冷たい水が欲しくなった。
家には何もない。
そこで、アパート前にある自販機で
調達しちゃえと思いついた。
ニット帽だけ被って、パジャマ同然の恰好で。
財布を握りしめて外へ出たのである。
ゴミを出しに行くときでさえ、
鍵を持って出るというのにねぇ。
とにかくぼんやりしていたのだ。
「カチャ」という音とともに
扉が自動的に施錠された瞬間、絶望が襲ってきた。
カチャの「カ」ですべてを悟ったが、
時すでに遅し。
突如現れたハゲパジャマのことを、
近所の猫たちがジロジロみた。
通りかかるのは、お年寄りばかり。
建物によじのぼってくださいとは頼めない。
だんだん気分が悪くなってくる。
この日は蒸し暑かった。
せっかくだから、自販機で水を買って飲んだ。
そのために出てきたんだから。
このアパートは、自分を含めて5世帯くらいが
住んでいるんじゃないかと思う。
郵便受けをひとつずつ覗き込みながら、
そんな推測をたてた。(よいこはマネしないでね)
さて、次に住人が通りかかるのは
一体いつのことでしょうか。
フラフラと公衆電話へ向かう。
覚えている電話番号は、なぜか京都の叔母宅。
かけたけれど誰もでない。まあそうだよね。
パジャマのまま、今度はコンビニへ入った。
メモ帳とボールペンを買う。
管理会社の連絡先が、
共有ゴミ置き場に書いてあったのだ。
合鍵を貸してもらうしかない。
猫に見守られながら、電話番号と住所をメモした。
あーあ、たくさんお金とられるよね。
管理会社は梅田にある。
ハゲパジャマ+スッピンという姿で
おれ様はこれから、繁華街へ出掛けるのだ。
メモと財布と水を持ったハゲパジャマは、
タクシーを拾いにメインストリートへ向かう。
と、そのとき。
小さいけれど、確かに「カチャ」という音が聞こえた。
アパートの住人が出てきた! 慌てて戻る。
その女性は、それこそ
梅田にでも向かうような服装だった。
ハゲパジャマの命乞いが始まった。
「す、すいません!
あの‥‥鍵を持たずに
うっかり部屋から出てきてしまったんです」
ほかに理由が見当たらないほど無防備なその姿に、
女性は事情を察したようだ。
すぐにおしゃれなカバンから鍵を取り出し、
あんなに重かった扉を、さっさとあけてくれた。
キャーキャー!女神さまーっっ!
おありがとうございますぅぅぅ!!
ハゲパジャマは、女神さまへ ひれ伏す。
そして、大急ぎで自分の部屋へ戻っていった。
この数日後。旅帰りの高速バス内へ
財布を落っことすという事件を
引き起こしたのだから、人生というものは
ドラマの連続だなーと思う。
これもかなり秀逸なエピソードであるが、
それはまた次の機会に。