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『虎に翼』第26回 石を穿つ雨垂れの生き様

 猪爪家が共亜事件に巻き込まれている間、日本は戦争に深入りしていきます。事件が終わって半年後の昭和12年(1937年)6月、高等試験司法科が実施されました。裁判官、検事、弁護士を目指すものたちにとって人生を賭けた大勝負です。優三は既に腹痛に襲われているようですが。
 法学部最終学年の寅子も受験。必修と選択の七科目を、七日間続けるという過酷なものでした。これを通過すると口述試験に進めます。
 さて、結果は?
 寅子も、優三も落ちていました。

寅子、再挑戦のために母を説き伏せる

 はるは険しい顔でこの結果を受け止めております。直言も帰宅しました。直言は興亜事件後、帝都銀行を退職し、登戸火工という会社の社長となりました。発煙筒や信号弾を作る仕事だとポップな曲調とともに説明されますが、軍需産業といえます。不穏です。
 その直言は、まずは二人の健闘を讃えたいと言い出します。はるはここで寅子のビッグマウスを持ち出します。確かに一発合格だと言っていました。寅子は認め、自信があったのだと言います。でも落ちたと言われると、あっさりと認めます。「でもでもだって」だの、あざとい上目遣いだの、寅子はしないんだな。無駄だもんね。
 これには横にいた優三が謝る。彼は何度も受験しているわ、猪爪家の書生だわ。寅子よりもっと立場がないはずなんですよね。直道は優三と、花江のお腹にいる子も怯えていると、情けに訴える宥め方をしてきます。何の役にも立ちませんが、空気は和らぐかもしれませんね。
 はるは再挑戦を訴える寅子に、もう時間切れだと言います。寅子は大学を卒業して24。引き返すなら今のうち、地獄ゆきも終わりだと。もう遅すぎるくらいだと。
 津田梅子と日本初の海外留学生となった女性に、山川捨松がいます。アメリカの大学を出て日本に帰国した彼女はこう嘆きました。まだ20を少し出たばかりなのに、母は私を歳をとりすぎていると言うと。彼女は結局、結婚する道を歩みます……そんな明治初期の認識から昭和初期まで変わりがさしてないところに、社会の停滞をみます。おそろしいことに、女をクリスマスケーキにたとえること(24までに結婚しろという意味)は、このあとも長らく続くことになります。

 寅子は焦り、優三と自分を比較していますが、はるは優三とは違うと言います。むしろ優三の方が厳しい条件にも思えますが、彼は銀行勤務ができます。寅子の女子同級生も全員落ちた。男と女では違う。そうくどくどと説いてきます。
 はるの理屈は容赦ないようで、世間の声ともいえます。
 ここで直言が土下座し、自分の裁判で迷惑かけたから受験させて欲しいと言います。寅子も、優三も頭を下げる。直道も、ここで止めても寅子はコツコツ勉強するとわかっているという。ここではるは条件提示。ただ飯食らいは置いておけない。仕事しながら受験を目指すならばよいと妥協したのです。
 教室には暗い空気が流れています。明るいのはそもそも成績が悪く、受験資格すらなかった小橋のような連中だけでした。試験を通過したのは花岡と、稲垣というたった2名だけでした。

日中戦争が始まっている

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