『青天を衝け』の悪影響はもう出ているのでは?

 『青天を衝け』の最終回において、関東大震災の場面がありました。

 崩れた足元を杖をついて歩く渋沢栄一。となれば、転ばないか心配することが適切に思えます。しかし、そこにいた書生は、「社会主義者が資本家を襲撃していて危険です」という旨のことを言います。

 このことを私は問題視しました。

 亀戸事件や甘粕事件といった、関東大震災後の混乱にかこつけた、労働組合員、共産党員、無政府主義者の拘禁及び虐殺がありました。
 これではNHKが大河ドラマで、関東大震災後のデマがあったと肯定するようなもの。あまりに無配慮ではないでしょうか。
 こうした虐殺事件が冤罪であり、不当なものであるという歴史認識が共有されていればまだしも、そうとはいえない。
 こうなる可能性は当然あります。

「関東大震災の後には虐殺があったのです」
「でも、渋沢栄一みたいな人を襲おうとした連中がそうされたんでしょ? なら仕方ないじゃない」
「そんなことありません」
「でも大河でそういう場面あったし」

 『独眼竜政宗』の視聴者が、史実ではない義姫と最上義光共謀による伊達政宗毒殺事件を史実と信じ、その悪影響が長く残りました。
 その比較ではないはずです。というのも、労働組合員、共産党員、無政府主義者が現在も存在するのですから。

 そうつぶやいた結果、ちょっと危うい何かが見えてきました。

その理屈で言うと例えば本能寺の変も全て描かねばならないのでは?

 大変よい指摘です!
 歴史劇の何を削るか、削らないか。そこには作り手の重視する価値観が反映されます。

 たとえば『麒麟がくる』では、本能寺に至る光秀の心理描写に重きを置く一方、三日天下のあとで討たれるところすらありませんでした。
 これは作者が心理描写、動機を重視していたということ。
 光秀がなぜ、本能寺の変に至ったのか? その動機は未解明です。これから決定的にわかるとも思えない。だからこそ創作し、重要視することは有害でもありません。『麒麟がくる』は心理に重点を置いた作劇でした。

 一方、『青天を衝け』の関東大震災描写からも、価値観がわかります。

・朝鮮人、中国人、共産主義者、無政府主義者、労働組合員、誤認された行商の虐殺は描かない
→歴史修正に躊躇がない、都合の悪いことは描きたくない
・渋沢栄一が大々的に展開し、日本人が堕落したから震災になったという日本式天譴論はもちろん描かない
→都合の悪いことは描きたくない
・虐殺報道を受け、海外からの支援がトーンダウンする
→都合の悪いことは描きたくない
・社会主義者のデマはわざわざ目立たせてまで描く
→そういう思想の人間が嫌いなのでは?

 そして質問にも、価値観は当然出てきます。

 戦国時代のことと、近現代史を混同する。与える影響力について無頓着である。歴史をただのコンテンツと見做しているのでは?

ブルジョワジーが暴動に怯えていたのは歴然たる事実。それに渋沢は乗らなかったという描写。そこをわからないならリアルタイムで見ていたか疑わしい。完璧だが問題がない、批判は筋違いである

 エリートパニックのことでしょうか? エリートパニックにすら乗らない渋沢栄一はえらいと。だからといって具体的に「社会主義者」と出すことに問題がないと。どうしてそう言い切れますか?

 この言い切りからわかるのは、何が筋で、何が筋違いか極めるのは自分自身であるという確固たる自信と、自分の意見に従わないものはドラマを見ていないに違いない、みていても理解できないと見下す。そんなエリート心理です。なるほど、そんなエリート心理をご存知であればこその意見ですね。

 そしてこの「歴然たる事実」と言い切れるかどうかにも私は懐疑的です。むしろ関東大震災後の亀戸事件や甘粕事件の場合、混乱に乗じて逮捕拘禁虐殺へ主体的に動いたのが警察と軍です。エリートがパニックを起こす前に、悪く利用した側がいる。
 エリートパニックの概念を関東大震災にもあてはめてこう言い切ったのだとは思いますが、亀戸事件や甘粕事件にこれをあてはめるのは無理があります。甘粕事件なんて犠牲者は6歳の子どもまでいる。ブルジョワジーが6歳児を殺すよう警察や軍に依頼したとでも言うのでしょうか?

 「歴然たる」と言い切るほどの説得力を感じません。

 この物言いからは、自分はエリート側で、殺される側になんてならないという傲慢さすら感じます。ちょっとした物言いにも、自覚できない意識は反映されますよ。ご注意ください。

 亀戸事件についてはこちらが参考になります。パニックを利用したのは、虐殺をした側です。

日本大百科全書(ニッポニカ)「亀戸事件」の解説 https://kotobank.jp/word/%E4%BA%80%E6%88%B8%E4%BA%8B%E4%BB%B6-46816
関東大震災の混乱を利用し、軍隊が警察の協力を受けて東京・亀戸の労働者らを殺害した事件。
関東大震災直後の亀戸事件とは? https://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-09-01/2007090112_01faq_0.html
 前年創立の日本共産党にたいして、警察は、震災3カ月前の6月5日、いっせい弾圧を加え、30余人を検挙しました。しかし、南葛(現在の江東、墨田)を中心に労働運動はなお活発でした。このため、軍と警察は一体になって、震災の混乱に乗じて、社会主義者を一挙に根絶やしにしようとします。
亀戸事件って何?

 うーん、知識共有がなされていないのですね……これは困った。

 このツイートをきっかけに、無理矢理にでもこの『青天を衝け』を擁護する側の傾向はみて取れました。

 歴史劇における取捨選択の理解が曖昧である。
 戦国時代と近現代史を描く上での注意点を把握していない。
 厳然たると言い切る割には、あまり根拠がないと思える。
 見下すような攻撃的な物言いをし、黙らせたい気持ちを感じる。そりゃ批判は減るでしょう。
 関東大震災後の虐殺に関する知識が実はそこまででもないようだ。

 あと、震災そのものがどうでもよいのではありませんか?
 被災地がどれほど荒れ果てていたか忘れていませんか? 杖をつくようなお年寄りが、劇中での渋沢栄一のように元気にシャッキリ歩き回るなんてまずできません。あまりにご都合主義で、震災を軽視しているようで、唖然としました。老人が床を華麗に転がって大震災から鮮やかに逃れる! そんなわけないでしょう。

 こういう井戸に、毒を入れたらどうなることやら。これを問題がないと言い切り、自分の好きなドラマを守りたいからと攻撃的なことを言う。この心理は理解できます。

 過去、誰かが亡くなったことよりも。
 悪質な描写で起こり得る悪影響よりも。
 自分がドラマを見て楽しんでいる気持ちが大事! 楽しい気持ちを壊すな!
 ちがいますか? もちろん、ちがうことを祈りますけれども。


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