見出し画像

【読書】柿沼陽平『古代中国の24時間: 秦漢時代の衣食住から性愛まで』

 私が曹操なら、こう言いますね。
「キミ、センスあるわ! この本読んだら気持ちがスッキリして頭痛も治る!」
 柿沼先生からすれば、そんな陳琳みたいなコメントをされても困惑するしかないと思うのですが、これこそ、私が長年欲しかった中国史本がやってきたとしか言いようがない。理想的な一冊でした。
 柿沼先生はまず名前からしていいですよね。タイムスリップして24時間を観察する体裁ですけど、それこそ「楊平、字は子安」ってすぐ名乗れそうじゃないですか。
 自分はどうかと考えたんですけど「それがしは山清、字は仲澄」あたりかな。なんかいかにも洛陽で斬首刑にされてそうな名前っていうか。なんかイマイチだな。

 閑話休題。
 ここで断言しておきますが、華流ドラマファン、『陳情令』&『魔道祖師』ファン、二次創作をしている方は課題図書だと認識してください。これ一冊でグッと二次創作が楽になります!

昔の自分に読ませたかった!

 本書を読んでいて思い出したのは、ワクワクしながら都市部の大書店で井波律子先生の本を買ったことです。遠い昔のことです。
 吉川英治版『三国志』から始まった興味関心の渦を、どうしたらいいのかわからなくて、やっと都市部へ向かい手にしたあの本。井波先生の語り口が軽妙で面白かったからこそ、中国史の深みにハマったもの。井波先生は『世説新語』を扱っておりましたから、そのことも思い出します。本書も『世説新語』からかなりネタを拾っていますもんね。
 こんな本、中国史に足を踏み入れそうな人に読ませたら、もう泥沼に引き摺り込まれてしまう! これを手にする若い世代が、次の研究者になるんじゃないかと思うと、ワクワクする気持ちが止まりません。
 本書はそういう狙いがあるのか、くだけだ文体で軽妙です。明日の中国研究者を増やすという意義を考えれば、これは素晴らしいことだと思えます。

こんな一冊を待っていた!

 本書のあとがきには、執筆動機や目的もあります。よくぞ! そう膝を打ちたくなるくらいよい着眼点です。
 西洋史には、ユニークな歴史書があります。一般人向けでハードルが低く、原書房さんがよく翻訳しております。古代ローマやギリシャ、近世イングランドの街歩きガイドとか。レシピ再現とか。当時あった最低最悪の仕事の歴史とか。ものすごく面白いけれど、読むたびにこうぼやいてしまいたくなるものでした。
「これの東洋版ないの?」

 思えば私は中国史や中国文学に関しては雑食で、片っ端から翻訳版を読んでいまして。『笑府』や怪談集を読んでいると、読者側に暗黙の了解を求めるわけですよね。
「ホラ、妻が怖い夫あるあるでしょ!」
 そう当時のあるあるネタを振られる。がんばって調べて、それで理解しつつ、しょうもないとかなんとか突っ込みつつ読むわけですけれども。
 そういうネタ理解を促すという意味でも、これはほんとうに、ありがたい一冊なのですよ!

華流理解と二次創作に欠かせない

 本書はまだ柿沼先生にとっても初の試みで、ちょっと硬く、こなれていないところもあります。でも、これを最初の一歩としてどんどんこうしたものを出していくのであれば、それでよいと思えるのです。

 そしてこういう系統の本は、これから重要が増す一方とみた!

 華流ドラマが人気急上昇をしています。韓流時代劇が定番になった過程でも、朝鮮史ガイドが随分と出ました。それと同じ現象が今後きっと起きると私は信じています。
 もうムックだけでは物足りない、次のステップが求められています!

 何を食べたのかとか。どんな寝具を使っていたのかとか。デートの誘い方、食事の仕方。そういうことが気になって仕方ない人は今後増えます。

 『魔道祖師』には、主人公の魏無羨が、お姉さんから枇杷をお礼に投げられる場面が出てきます。ここでやんちゃな魏無羨は藍忘機というイケメンをさして、あいつも美形だけどどうかとお姉さんに聞くわけです。すると藍忘機はむっとして無愛想であると。

 この場面を見て、なんて素晴らしいアニメなんだろうと感動しました。この世界観が、今時のアニメになって流れている。夢じゃないだろうか? こんなことあっていいのか? そう思ってしまう。それと同時に、これはちょっと大変なことになったぞ、と思ったのです。

 これは『世説新語』の潘岳の話を知っていれば、「ああ、モテ自慢だな」とわかるわけですが。そうでないとこの話のおもしろさは理解しにくいわけですよね。
 いままでのアニメ鑑賞とはちょっとちがってきてしまったぞ。これをもっと深く噛み締めたいとすれば、どうすればよいのだろう? どんな本を薦めるべきだろう?
 そう頭を悩ませていたときであったために、本書を読んで頭の霧がスーッと晴れていったのです。これだ、これだよ、これが欲しかった!

 本書はドラマやアニメと、歴史を橋渡しする貴重な一冊なのです。こういう本があるようでなかった。うまくピタリとはまる一冊が出てきたことに、私はテーブルをバンバン叩きたいくらい興奮を隠せないわけですよ。

 とりあえず、この本についてすべきことは決まりました。
 読むしかない。
 『陳情令』&『魔道祖師』二次創作者は手元に置きたい。
 編集者と出版社は次のこうした本をもっともっと企画してください。
 柿沼先生は次の執筆ですね。
 柿沼先生以外の研究者のみなさんも、各時代ごとにこうした本を出していただけませんか? 纏足のお手入れの苦労。纏足の靴に酒を入れて飲むフェチプレイとか。絶対需要あると思うんですよ!

 読んで楽しいだけでなく、これをこれから読む人がどれだけ面白がるかとか。これを読んで研究者になる人が出てくるだろうとか。そういうことを想像するのもまた楽しめる。そんな素晴らしい一冊です。
 これは全力で進めたい。そんな一冊に出会えて感無量です。

華流ブロマンスが流行すればするほど売れてしまう宿命……

 そうそう、最後になりますが。
 曹操が諸葛亮にブレスケアをプレゼント! これは近くで囁いてほしいという意味……そういう意味でなくて。
 こういう趣旨のことが書かれておりましたが。もう柿沼先生も、ブロマンス履修なさったんですか。中国史、始まりましたね。
 ブロマンスドラマは登場人物を絞って作れるので、コスパいいんですよね。2022年はないらしいけど。ブロマンス華流が流行すればするほど売れるのが本書の宿命なので、流行るといいですよね!


よろしければご支援よろしくお願いします。ライターとして、あなたの力が必要です!