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アニメ『ゴールデンカムイ』32話 人斬り

 網走では、鶴見が暗号解読について語ります。解読者を脳病院送りにしてきた歴史であると彼は語るのでした。

暗号解読に近づく

 ついに本作も、結末まで一歩近づいた印象。鶴見は情報将校ですので、そこは詳しいのでしょう。「脳病院」(※精神病院)という単語もこれまた時代を感じる。精神医学が未発達で、PTSDがまだ認識されていない時代です。 ナポレオン戦争以降の徴兵制度。精神医学、心理学の黎明。この狭間の時代を、本作は描きます。

 鶴見はそこまで複雑でもない、娘のアシリパでも解読できる程度だと語る。これまた今日の電子暗号形式でもある話ですが、【解読キー】があるとうっすら示されていますね。どんなに複雑かどうかが問題ではない。【解読キー】がないとどうにもならないということ。

 ここでアシリパと杉元の回想が入ります。アイヌは文字を持たないとアシリパが語る。そこにつけこんで和人があることないことを悪意をこめて言いますけれども、文字以外にも歴史を残すことはできますので。
 ただ、暗号解読のうえでは和人が知る文字が必要だともわかる。アシリパが【解読キー】を持っているにせよ、和人の助けがなければ解けないとわかってきます。

 さて、その杉元は。岩息の写しを見て、何か気づいたようです。
 このアニメ版に何か言いたいことはないけれども、ちょっとやっぱりここでも鯉登解釈違いが起きているとは思えます。ここで鯉登は動いて悪意を込めて杉元に解けるわけない、バカだからと言う。抑揚もしっかりついていはいる。ただ、原作を読むと鯉登はあっけらかんとした顔で同じセリフを言っていて、ちょっとニュアンスが違う。
 鯉登からすれば、杉元がバカだということは、ただの事実の指摘であり、コケにするつもりはまったくないのだとは思う。『鬼滅の刃』の冨岡義勇の「簡単な頭で羨ましい」と同じ構造で、ただ無頓着で自分が塩対応をしている自覚すらできていないのでしょう。
 とはいえ、なまじアニメスタッフは真面目だからさ。小西克幸さんもうまいからさ。鯉登がまっとうな人間として感情が理解できるようにしているのだとは思うのですが……。

 ファンブックでもどんどん馬鹿になっていってキャラが固まったとあるから、鯉登は人の心を読み取れない方向の無頓着馬鹿に思い切って方向転換した方がよいとは思えるのです。

 さて、そのころ土方一行は――。
 牛山は女性労働者たちの荷物を運んでいます。牛山はハンペンでもつけないとカッコ良すぎるとは野田先生のコメントですが、わかる気がする。こいつは根っからの女好きなんだな。火野正平さんと同系統だよ。こんなところで荷物担いでいる女性労働者なんて、化粧もできない、おしゃれもできない、髪の毛をひっつめて、日焼けして。老け込むのが早いおばちゃんたちだ。
 それでもお嬢さんとして、愛嬌を振りまく。女の美貌とか色気とか、そんなもんでなくて、女という存在そのものを愛してる。ある意味崇拝しちゃってんだな。牛山はいい男だ。あっぱれな女好きだ。

そこのアイヌのヤン衆さん

 ここで土方も、何かの正体を尋ねています。こいつも「お嬢さん」呼ばわりしてやがる。
 土方も、史実上女好きというか、モテモテでした。若い頃から女性問題で仕事をクビになったり。恋愛ネタの恥ずかしいあの俳句の話はやめましょうか。
 京都でもそれはそうです。新選組なんて無骨な壬生狼、関東の男と京都じゃ嫌われたのに、ラブレターもらいまくったわけですよ。土方の容貌は目撃者がみんな「マジイケメンだったわ!」と語るくらい。モテ自慢を故郷まで送り、それを育ての親だった姉に叱られて、まったく反論できなかったそうですよ。

幕末でモテモテだったのドコの誰?1位が久坂で2位が土方 薩摩隼人は…… https://bushoojapan.com/jphistory/baku/2020/01/09/116866 #武将ジャパン @bushoojapanより

 この土方が手にしているものは、犬童コレクションにあった土井新蔵のものだそうです。ここでアイヌのヤン衆ことキラウシが出てきます。姉畑がカットされたため、ここが彼のアニメ版での記念すべき初登場です。

 ヤン衆というのは、北海道の肉体労働者です。本州、主に東北地方からも「明るくアットホームな職場です!」みたいな騙し文句で連れてきて、酷使した辛い歴史があるわけよ。そりゃ石川啄木や小林多喜二も労働問題に目覚めるわ。せっかく開拓した大地を、中央の金持ちどもが別荘にするために買い漁ったり、いろいろな問題が山積みよ……。

 このあと、キラウシとシシャモを食べる時間に。シシャモか……アイヌ語由来の単語です。これも北海道産本シシャモより、輸入したカラフトシシャモが大半になってしまいましたねえ。
 キラウシの背景は省略されているけれども、蝗害でコタンが飢えていることが背景にある。のみならず、明治以降のアイヌは食糧事情が変わりすぎておそろしいことになりました。明治政府は農業をしろと奨励するわけですが、狩猟で生きてきたアイヌからすれば大変なことではある。
 農業で生きてきた人類はすっかり忘れがちですが、人間にとって世界大戦よりも悲惨であった歴史的変化は、狩猟採集ベースの肉食から、農耕への変化じゃないかともされるほどでして。何世紀も長い時間かけて変えてきたことを、いきなり短時間でやられて、どれほどアイヌが困り果て、追い詰められたたことか……。
 長いこと、北海道はグルメどころか厳しい食生活の土地でした。

 キラウシはシシャモの味のみならず、土井の持っていたものの正体も教えてくれます。根室にしかいない、エトゥピリカの嘴なんだと。キラウシは根室アイヌへの案内を快諾します。
 土方は、土井新蔵は偽名であり、幕末に会ったことがあると語ります。
 尊王攘夷――そんな思想を掲げ、殺人を繰り返してきた男なのだと。

厚司を着たじいさん

 根室では、ヤン衆たちの中で老人がよろよろと歩いていました。若い者たちに気が滅入ると言われてしまう老人。彼は厚司(アットゥシ)を着ています。
 そのころ、“人斬り用一郎”を探す者たちがいます。彼に殺された幕臣遺族が、仇討ちをしているらしい。明治政府は仇討ちをとっくに禁止しているのですが、まだまだ暴力や人の死へのハードルが低い時代ですので。

 根室のコタンでは、用一郎を知る村長がいました。三十年ほど前に流れ着き、アイヌの女と結婚した。恨みがある和人が妻を人質に襲ってきて、それに反撃して収監されたそうです。妻の死が近いことを知ると脱獄し、妻の死後はこの近くの漁場で働いているとか。
 そんな用一郎は、海に入っていってしまう。己の死期を悟るようではあります。
 それにしても作画が大変なアニメだ。コタンの建築物に、典獄を描く。このアニメは色彩設計も磐石で、北海道の自然や当時の感覚を踏まえた色になっている。『鬼滅の刃』も色彩設計がうまいけれども、こちらも負けていません。
 普通の、現代劇学園ものの何倍手間がかかるのかと思いますよ。手抜きしない仕事でいいなぁ。老人の動きもすごくうまく再現しています。

 用一郎は、あまりに老いたためか職場すら辞めるよう勧告されることに。すると恨みを持つ一行が、用一郎を狙い襲いかかる。用一郎はここでスイッチが入ったようになり、襲撃者を襲います。足を狙うあたりがいかにも幕末の刺客らしい。土方は目潰しを狙いましたが、実践剣法をやる連中は機動力や視界を狙います。
 なまじガム新のような道場剣法の達人は、打つところを「メーンッ!」「コテーッ!」と叫んでしまったそうですが。それでも永倉は十分強いけどさ。この用一郎も、老いてからチンピラを撃退した永倉伝説を思わせるものはある。

永倉新八77年の生涯まとめ! 新選組の最強剣士は激動の幕末を駆ける https://bushoojapan.com/jphistory/baku/2020/05/10/112639 #武将ジャパン @bushoojapanより

 
 列に並べ。そう言い切る用一郎。ここで、銃声を響かせて土方がやってきます。アニメ版としては絶対に逃せない、若い土方歳三の姿がここで見える。野暮なことを突っ込みますね。ファッションリーダーだったトシさんは、浅葱色の羽織のダサさに絶望し、ろくに着ていなかったそうですが。そこはお約束ですので。史実だとあの羽織はすぐに廃止され、新選組制服は黒が基調だったそうですよ。

 ここで、そういう浅葱色をダサいと絶望する色彩感覚をちょっと思い出してください。和人のカラーセンスは、江戸時代を通して渋いものをクールとするようになっていった。
 アイヌと比較してみましょう。アイヌの着ているものが色鮮やかに見えるとすれば、それはあなたが和人の感覚に馴染んでいるということかもしれない。
 そういう色彩感覚の違いが、本作では再現されていますよ!

『麒麟がくる』のド派手衣装! 込められた意図は「五行相剋」で見えてくる? https://bushoojapan.com/bushoo/kirinstory/2020/02/09/143053 #武将ジャパン @bushoojapanより

 ここで乱闘となり、土方が銃、用一郎が刀となるのもおもしろい。二人の生きてきた時間の違いが見えます。

 若トシさんはいい男だわ。彼を描く機会を逃すわけがないとは信じていましたよ! 幕末京都まで描くということで、作画担当者はやりがいと疲労感が同時にあるだろうけど。ゆっくり休んでくださいね!

幕末を疾走した影

  用一郎は明治の根室ではなく、幕末京都を疾走してゆきます。
「天誅!」
「天誅!」
「天誅!」
 そう叫びながら斬り、逃げてゆく用一郎。土方は説得して仲間に引き入れるのかと問われるものの、「あいつはもう……」と土方は見守ります。
 若き用一郎の前に、先生と呼ばれる男が立っている。彼は勤皇思想のために尽くしてきたのに、裏切られたことへの怒りと絶望を語る。彼は縄で縛られ、無念の涙を流すのです。

 用一郎のモデルは、岡田以蔵です。あの先生は武市半平太。土佐勤皇党は、人気のある坂本龍馬と縁が深いだけにわかりにくいのですが、テロを使って政治力を高めた政治組織です。

岡田以蔵の人斬り以蔵っぷりが狂気! 幕末の四大人斬りで最もガチな生涯28年 https://bushoojapan.com/jphistory/baku/2020/08/16/114412 #武将ジャパン @bushoojapanより


 幕末の尊王攘夷は、反対派を圧殺するためだけのもので、思想的な中身はない。これは当時から喝破されていたことではある。
 日本の勤皇思想って、水戸藩が震源ではあるのですが。これもそう綺麗な話でもない。徳川御三家でも、格下扱いをされる水戸徳川家は、勤皇思想や独自の歴史論で自分たちの底上げを図ったのです。幕末初期に薩摩藩と手を組み盛り上がった水戸藩ですが、維新前夜は強烈な内ゲバが発生し、同じ藩士同士で殺し合い、人材が枯渇する地獄のような状況につっこみます。尾形はそういう土地に生まれた人物です。

藤田東湖が水戸藩を過激にした? 薩摩や長州との違いは何だったのか https://bushoojapan.com/jphistory/baku/2020/02/09/109692 #武将ジャパン @bushoojapanより
尾形百之助のルーツと因縁を考察~薩摩と水戸の関係は『ゴールデンカムイ』 https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2020/01/16/115704 #武将ジャパン @bushoojapanより


 水戸藩を震源とした勤皇思想は、日本人を幸せにしたのか?
 むしろ政治的な中心地が分裂し、内戦が発生し、遺恨が残ってしまった。もうハッキリ言いますけど、いい加減そこを清算すべきでしょう。ただの現実逃避手段としてのヘイト思想でしかない。どうしてそこが当時から批判されつつ、ごまかされてきたのか? そりゃ明治維新の大立者たちが、かつて信奉していたから適当になんかごまかしたんでしょうね。そういうのもういいから。百害あって一利なしだから。

幕末の訪日外国人は日本にガクブル!? 銃でも勝てない日本刀も切腹もヤバすぎ https://bushoojapan.com/jphistory/baku/2020/06/24/111081 #武将ジャパン @bushoojapanより

 そうした思想とその矛盾を体現する人物としても、用一郎は大事です。
 用一郎は、先生に裏切られた時点で心が壊れていたのです。裏切られ、トカゲの尻尾にされて、一度死んだのだ。
 ここでの土方は、もう死んでしまった魂の持ち主の肉体を破壊する役割を遂げるだけ。土方に斬られたまま、人斬りは死を迎えます。

 魂が死んだあと、用一郎はアイヌの妻に出会いました。
 アイヌは“人”という意味。ただの人、誰もが平等になる世の中をめざし、利用された用一郎は、アイヌのコタンでその答えを見出しました。彼を人に戻した妻の幻を見ながら、彼は人として旅立つのでした。

 ここで、幕末から生き延びたことを悔いていないと土方歳三はいう。
 人斬り用一郎の思想は正しかったのかもしれない。彼はそう認めます。欧米列強のために近代化を目指した明治維新は正しかった、それで日清日露戦争には勝利できたのだと。
 ここまでは、教科書通りと言いますか。日本人の大半はうなずきそうだけれども、実はそう簡単なことでもない。
 幕府側の方が先に開国し、近代化し、貿易をしていくことを考えてはいたのです。それが尊王攘夷思想と政治闘争で回り道をし、その過程で欧米列強を精神力だけで倒すことは無理だと悟り、選んだ道はイギリスの橋頭堡として、ロシアには歯止めをかけることでした。その過程で、イギリスの言いなりになって樺太を手放してもいる。

樺太(からふと)の歴史は“無関心の歴史”ゴールデンカムイ舞台に刮目だ https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2019/11/04/113844 #武将ジャパン @bushoojapanより

 樺太の領有権はややこしい話です。江戸時代には会津藩が警備をしたこともある。けれどもロシアにも、領有の根拠となる歴史はあるのだから。私には樺太が日本領になる日が来るとは到底思えないけれども、紛争の種となる歴史的根拠はあるのです。

 土方はその明治政府の限界を把握し、ロシアの南下を止めようとしている。彼は幕末の復讐をしたいだけではありません。
 北海道を独立させ、海外移民を募り、多民族国家を築く。荒唐無稽なようで、そこには史実のモデルケースもある。
 満州国です。
 【五族共和】を掲げ、独自の国家を作り、日本人がその盟主となる。そういう構想はありました。となると、土方の構想が暗礁に乗り上げることも想像はつく。
 結局のところ五族共和は夢幻であり、苦しい建前であり、満州族は政治に巻き込まれて大変な目に遭いました。土方の構想にどこまでアイヌのことがあるか、そこはハッキリとはしていない。ただ、満州国のシナリオをたどれば、アイヌが板挟みにあって犠牲になることは想像がつく。

 でも、それでも、土方に思想を宿したことには意義がある。新選組はただの殺し屋で、無思想だと誤解されてきた。そんなことはなく、彼らなりの理想はあったのです。思想的には、それこそ維新側と大差がない。
 土方たちの故郷では、彼らと自由民権運動を結びつけて語り継がれてもいる。国のために尽くすことを考えていた、まちがったことがあれば世直ししたいと思っていた。そんな願いが地元で語り継がれていることに、私はグッときましたね。新選組はいいぞぉ!

 提唱者が土方という時点で絵空事ではあるのですが、のみならず、アイヌを無茶苦茶にしてしまうような案は通してならないとも思う。土方組の勝利は構図的にありえないのでしょう。

 ここの土方のセリフと構想はかなり壮大で、かつ勉強にもなるのです。
 土方組の出番は削られています。とはいえ、用一郎との話を削ると、作品の根幹がぶれてしまう。ゆえに残されたと思います。

 門倉とキラウシ組の活躍が減りそうなのは残念ですが、物語は先に進みます。

味噌でハラショーなくじら鍋

 アシリパ組は、モニフンペ(シロイルカ)を倒して食べることに。白石が「ハラショーだぜ」と言います。そういう語彙を獄中で覚えたわけですね。
 くじら汁に杉元のオソマこと味噌を入れるアシリパ。これで味噌を使い切ることになってしまった! ああ、どこかで入手しないと。
 実際にアイヌが味噌をオソマと呼び、好んだという逸話を元にした設定です。
 味噌は大豆。大豆栽培が明治維新後なかなか根付かず、和人にとっても味噌と醤油はしばらくの間贅沢なものでした。

北海道は「食の歴史」も過酷そのもの~米豆の育たぬ地域で何を食う? https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2020/03/20/121469 #武将ジャパン @bushoojapanより


 ジャガイモ、干したギョウジャニンニクとニリンソウを加えて、できあがり。ここでのジャガイモも興味深い。サツマイモもジャガイモも、江戸時代には入っていました。ただ、南の薩摩はサツマイモ(※薩摩では唐芋と呼ばれました)でも、蝦夷地はジャガイモです。
 幕末にやってきた外国人が、「日本人にジャガイモを教えてやろうぜ!」と思っていたら、とっくに普及していたそうです。江戸時代の時点で既に、アイヌも松前藩の人々からジャガイモは得ていたそうです。
 ギョウジャニンニクはまだしも、ニリンソウを食べる発想が和人にはない。どんな味でしょう、気になるところです。
 気になるといえば、尾形が「ヒンナ」とつぶやくところ。彼の胸中はいかに?

 白石は、キロランケに今後のことを確認します。ソフィアだけを脱獄させるのではなく、灯台にある火薬で牢獄を複数箇所爆破すると語るキロランケ。
 そのためには、流氷の到着が必須なのでした。

人斬り描写の進歩、あの漫画と比較して

 調べれば調べるほど、本作はいろいろと考え抜かれていると思えます。アイヌ関連の考証は、21世紀にふさわしいところまで到達している。

 のみならず、幕末や明治描写も秀逸です。
 人斬り用一郎は、幕末四大人斬りであり、近年人気も高まっている岡田以蔵がモデルです。生き延びても幸せな生活を送れたわけでもなく、むしろ疎まれ、命を狙われていると。
 なぜこんなことを指摘するかというと、それは『るろうに剣心』について考えたため。
 あの漫画の歴史的な解説すると、粗がかなりあるとわかってしまった。一番のツッコミどころは、幕末四大人斬り・河上彦斎をモデルとしておきながら、明治時代に平和に暮らしているところですかね。
 いや、十代半ばで洗脳されて連続殺人犯になっておきながら、明治になってリセットってどうなんですか。剣心に敵対する側の言い分のほうがまだしも頷けますし、リアリティもないと思えてしまう。

 というのも、幕末期に教養教育不十分、汚れ仕事ばかりやらされた手合いは、明治時代になってから悲惨な目にあうことがあまりに多いからなのです。そこをクリーンアップして、「おろ?」じゃないだろうに。そういうツッコミは湧いてくる。

 誤解のないように言っておきますが、あれは漫画としては悪いとは思いません。ただ、連載当時の空気がそのまま反映されていて、読み返すにはなかなかつらいものはあります。
 あの漫画を比較して、『鬼滅の刃』を貶すレビューもありますが、あの明治剣客浪漫譚の時代考証はなかなかツッコミどころ満載なんですよ。嫌いじゃないんだけども。

『るろうに剣心』主人公・緋村剣心が背負った「人斬りの業」にモヤモヤ https://bushoojapan.com/jphistory/baku/2020/08/09/150026 #武将ジャパン @bushoojapanより

 当時はなるべく思想を抜いて、ゆるく楽しく生きる時代だったのでしょう。暑苦しい思想だの、今回土方が語るような理想論だの、鶴見のビジョンだの、ましてやウイルクのような話は受け止められなかったと。

 当時のアイヌキャラクターである『サムライスピリッツ』のナコルルも、その反映でした。ナコルルの戦う動機付けは、当時のアイヌというよりも現代人が想像する動物愛護家や、小鳥と話すディズニープリンセスのような感覚があった。
 アシリパが動物を思いきり殺してヒンナヒンナする姿からは、そうしたマジカル・アイヌ(※和人にとって都合の良いアイヌ像、マジカル・ニグロからとりました)へのアンチテーゼが読み取れるのです。

 といっても、別に和月先生をどうこう言いたいわけじゃないですよ。
 漫画は一人で描けない。編集部からめんどくさい政治話はカットしろと言われたら、そりゃそうなるでしょう。司馬遼太郎の影響も強すぎますが、司馬史観がデフォルト状態ならそこはもう仕方ない。
 和月先生は、『るろうに剣心』よりもその後の作品の方が、歴史ものとしては上出来だと思います。『GUN BLAZE WEST』なんで若松コロニーまで出てくるものなぁ。そういう意味では不幸なことだと思うし、なまじ連載期間からこれだけ空いて実写版を作られるとなると、ものすごい弊害は感じるわけです。時代がちがう。BLM時代に緋村剣心はどうなのやら……。
 『ゴールデンカムイ』も、早いところ実写化しませんかね。あ、鶴見中尉は長谷川博己さん、鯉登少尉は染谷将太さんでお願いします。

 作品は作者だけでなく、社会なり、読者が作り完成させるもの。『るろうに剣心』や『サムライスピリッツ』といった作品と、『ゴールデンカムイ』の比較からはそんなことも見えてくるのです。

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