見出し画像

私立徳川高校 第五話「御門(みかど)高校の刺客」

 オレが通学する徳川高校は、九州のとある県にある古い私立の男子校である。オレは新聞部の2年生で、名前を上野ヒコマという。新聞部の部室は校舎の3階にあるのだが、その日のオレは記事を書きあぐねて、部室の窓から空を仰いでいた。窓のすぐ下には武道場があり、その1階が柔道部、2階が剣道部の練習場だ。

 剣道部の練習場からは、部員達、通称「新選組」が練習する音が聞こえてきた。
「やーーっ!」
「とぉーーーっ!」
「めーーーーーんっ!」
 気合いのこもった叫び声に、ダンダンと裸足で踏み込む音、バシンバシンと竹刀がぶつかる音が重なる。
「今日も頑張ってるねぇ・・・」と独りごちた次の瞬間、練習場は突然静まり返った。ただならぬ雰囲気に事件の臭いを感じたオレは、一眼レフのカメラを掴んで武道場に走った。現場に到着すると、そこにいたのは新選組に対峙する一人の小柄な少年だった。市の剣道大会でも見たことのないその少年は、あどけないというか可愛らしい子犬のようで、胴を身に付け、竹刀を左手に、面を右脇に抱えていた。その少年は新選組に向かって、本物の子犬のように震えながら、声を振り絞った。

「ボ、ボクは御門高校1年の横山チカラと申す者。ほ、本日は諸君にお手合わせ願いたいっ!」
 御門高校は、徳川高校と同じ市内にある私立の男子校で、長年のライバルといっていい存在だ。
「なんだ、横山とやら。見ない顔だが、我々のところにわざわざ他流試合にやって来たのか。」
 新選組主将の近藤イサミは、面の内側からニヤリと少年に語りかけた後、表情を険しく一変させた。
「いや、道場破りというべきか。」
 横山は震える声で答えた。 
「す、好きなように呼べ。さあ、我こそはと思う者からかかってこい!」 
 新選組の連中が竹刀を握り直した次の瞬間、横山の背後から突然黄色い歓声が上がった。
「チカラくぅーん! 頑張ってぇー!」
 高校生と思われる5、6人の女子生徒が練習場の入口のところに現れて、横一列で横山に声援を送り始めたのだった。制服が統一されていないところをみると、いくつかの高校から集まってきたのだろう。
「み、みんなありがとう。ボ、ボク頑張るからね!」
 横山はさらに子犬のように瞳を潤ませた。
「なんだ、あいつ。見せつけやがって・・・ あんな軟派野郎、オレが返り討ちにしてやる・・・」
 近藤は、1年生の沖田ソウジに審判をするよう頼むと、一人で前に歩み出た。
「おい、横山! オレと一本勝負だ!」

 オレは、カメラを連写モードに切り替えてファインダーを覗きこむ。
 近藤と横山が蹲踞し、お互いに剣先を向ける。横山の竹刀は相変わらず震えていたが、オレは近藤の竹刀も震えているのに気付いた。
「始めっ!」
 沖田が試合の開始を告げた。しかし、勝負は一瞬だった。平常心を失った者に勝機はない。審判の必要もないほどの見事な一本が近藤の胴に入ったのだ。横山の防御の姿勢、残心が決まる。近藤はその場に頭を垂れてしゃがみこんだ。ファインダー越しに近藤の屈辱感が伝わってきた。モテ男に勝てなかった情けなさが。

「や、やったあ! ボク勝ったよぉ。」
 もろ手を挙げてピョンピョン跳ねまわる横山。さらに輝きを増す子犬感に、女子生徒らの声もひときわ高くなる。
「きゃぁーーー! チカラ君カッコイイー!」
「チカラ君、カワイイーー!!」
 横山は女子生徒に囲まれながら、和気あいあいと練習場を立ち去った。

 後日、この事件を記事にした校内新聞はとても好評だった。なにせ他校の女子生徒がこぞって新聞部の部室まで貰いに来たくらいだ。特別に横山チカラの写真もプリントして配ったら、みんなとても喜んでくれた。オレもちょっとモテ気分が味わえて、正直、いい気分だった。すいませんね、近藤先輩。
(完)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?