見出し画像

私立徳川高校 第七話「体育祭で勝利をつかめ!」

 オレは九州の古い男子校である私立徳川高校の2年生で、上野ヒコマという。毎年5月の週末に行われる体育祭は、我が校の一大イベントだ。
 今年もその日がやってきた。朝から初夏を思わせる晴天ではあったが、オレの気分はどんよりしていた。正直、運動があまり得意ではないし、団体行動もどちらかといえば苦手だ。だから、新聞部のカメラマンとして取材に徹し、自分のことは気にしないことにした。

 号砲の花火が打ち上げられると、生徒たちの入場行進が始まった。オレはトラックの内側からカメラを構え、その様子を撮影する。
 開会式が終わると最初のプログラム、徒競走だ。全員参加なので、オレも走らざるを得なかったが、結果に触れるのはやめておく。
 その後、いくつかのプログラムをこなして、お昼の休憩となった。休憩時間の途中に、参加自由のフォークダンスが行われる。他校に彼女がいる生徒もいて、二人で仲良く手をつないで踊っていたりする。彼女がいないオレは、自分を空しく感じつつも、その様子をカメラに収めた。

 さて、体育祭も次が最後のプログラム、部活対抗の騎馬戦である。これは運動部も文化部も一緒に、各部4人1チームで参加する。ルールは一般的もので、3人が組んで騎馬に、1人がその上で武者となり、武者同士が相手の帽子を奪い合う。自分のチーム以外全てが敵のバトルロイヤルである。

 オレたち新聞部もチームとして参加しなければならない。この部活はオレが部長だが、別にひとりでやっているわけではなく、井上シュンゾウ君を含め3人の1年生がいるのである。4人は入場門の裏に集まった。
 井上君がオレに尋ねた。
「上野部長、騎馬戦どうします?」
「そうだな、井上君が武者をやってくれないか」
 オレは深く考えず、新聞部で唯一のスポーツ経験者である井上君に依頼した。彼は中学校まで水泳をやっていたそうだ。
「わかりました。ボクでよければ。優勝できるように頑張ります」
 しかし、今まで新聞部が騎馬戦で戦果を挙げた記録はない。オレは、無意識に口走ってしまった。
「適当でいいんだよ、すぐに終わるから。だいたい、これまでも……」
 オレが言い終わらないうちに、井上君は言葉を重ねてきた。
「上野部長、ボクはそんなの嫌です! やるからには勝利を目指しましょう!」
 思わぬ井上君の気迫に押されて、オレは考えた。自分が体育祭に抱く気持ちは仕方ない。しかし、部長として、かわいい後輩達のためにすることがあるのではないか、と。
「よし、やってみよう。何かできるかもしれない」
 オレはそう言うと、4人で円陣を組んで作戦を練った。

 位置に付くようアナウンスがあって、オレは先頭で後ろの2人と騎馬を作り、その上に校内新聞で作った兜を被って井上君が乗る。20チームほどの各部活の騎馬が10メートル間隔で円形に並んだ。号砲が鳴ると、各チームは一斉に走り出した。すぐに左隣からバスケ部のチームが近付き、武者の久坂ゲンズイが井上君の兜に向かって、その長い手を大きく振り回してきた。よし、今だ!
「ローポジション!」
 オレは叫んで、後ろの2人と腰を少し落とした。ローポジションはカメラを低い位置で構えることだ。久坂は的を失った右手を空振りし、バランスを崩して落馬した。頭に被っていたペチャンコのバスケットボールが地面に転がる。一騎撃破だ!
 しかし、すぐに右隣から野球部のチームが覆い被さるように攻めてきた。武者は武市ハンペイだ。オレは、また叫んだ。
「ローアングル!」
 ローアングルはカメラを低い位置から上に向ける構え方だ。井上君は、すかざす両手の親指と人差し指を直角に広げて組み合わせ、ファインダーを作った。これで相手の隙を探すのだ。オレ達騎馬が立ち上がると同時に、井上君は武市の伸ばした右手を華麗に払い、野球帽をもぎ取った。やったぞ!

 次の瞬間、周りを見渡すと、残っているのは新聞部と柔道部の2チームだった。柔道部は、騎馬の先頭が部長の西郷タカモリ、武者が小松キヨカドだ。お互い相手チームに向かって走り出す。重量級チームに勝てる軽量級4人の作戦はこれだ!
「ハイアングル! ハイポジション!」
 オレ達騎馬の3人は、武者の井上君の体を上に押し上げた。同時に井上君は、俺の肩を蹴って高く飛び上がると、小松が頭に巻いたハチマキ代わりの黒帯をつかみ取って、そのまま空中で水泳のクイックターンのように一回転し、地面に着地した。すごいぞ、井上君!
 しかし、審判員が手を上げた。それは審議の合図だった。結局、井上君が飛び上がった時点で騎馬から離れており、新聞部チームの負けと判定されたのだった。柔道部に続いての二位ではあったが、新聞部としては快挙だ。大騒ぎこそしなかったが、オレは充実感を感じていた。後輩達3人も同じ気持ちだったと思う。こうして今年の体育祭も終わった。

 後日、その運動神経を買われた井上君は、スカウトされて柔道部に移籍してしまったのだが、この話は、また別の機会に。
(完)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?