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高飛車な羊羹が私を外へ連れ出してくれた。

結婚をきっかけに、生まれ育った街から遠く離れた夫の出身地へ引っ越した。

故郷にはあまり未練がなかったので、地元を離れる事にさほど抵抗はなかった。



ところで、今私が住んでいる地域は、夜になると庭にタヌキがやってくる。夫の実家の方は熊が出るし、つい先日は野生の鹿が出たと連絡があった。

嫁ぐまで、私は野生のタヌキや熊や鹿等、見たことがなかった。田んぼや畑も馴染みがなかった。なので、夫の実家に初めて伺った時はたいそう驚いた。牛蛙の鳴き声を誰かが鼻をかんでいる音と勘違いして夫に笑われた。義理の母が就寝中にムカデに刺されたと聞いた時は震え上がった。

有名コーヒーチェーン店、ファミリーレントラン、大型ショッピングモールなどは当然近所にはなく、私を取り巻く環境のこうした変化とギャップを、結婚当初の夫はかなり心配していた。

地元を離れる事には未練がない、とはいいながら、当の私もこの環境の変化には流石に困惑した。

マリッジブルーも相まって、知り合いもいない環境で塞ぎ込んでしまった。無いものを憂い、大きなものを失ったのではないかと、毎日哀しかった。

70周年と銘打って、老舗和菓子屋が大幅リニューアルした、と知ったのは、確か夕方の県内ニュースだったと思う。

古びた外観は確かに「老舗」を感じさせたが、店内はガラリと雰囲気が変わり、お洒落なカフェスペースを併設している。

お目当ては、リニューアルを機に開発されたという、チョコレート羊羹。
カフェスペースで頂きたかったのだが、狭い店内は既に満員で、テイクアウトにした。

上品な箱を開けると、丁寧に包装された羊羹が見えてきた。小ぶりだけど、ずっしりした質量が見て取れた。艶のある焦げ茶の肌を、散りばめられた金粉が引き立てていた。その上には、ルビーみたいなドライイチゴが6個、等間隔に鎮座していた。自分たちが主役だ、と言わんばかりの様相が可愛らしかった。

するりと刃を滑らせると、やはりずっしりとした質感。次いで見えてきた断面は1ミリの隙間もなく羊羹が敷き詰められ、丁寧に扱われた様子が浮かんだ。

随分と美人な羊羹だなぁ。

ちょっと高飛車な女の子みたいで、自分の価値をよく知ってる、そんな雰囲気があった。

敬意を払って口に運ぶ。
最初はずっしりとした小豆の風味。これだけでも十分おいしいのだが、その後口の中で溶けながら広がり、飲み込む頃合いには、風が運んできたみたいにチョコレートの風味がした。

ニュースを見てから、この羊羹を食べるのが待ち遠しかった。ウキウキしながから帰宅した夫に話し、店の場所を調べ、週末に出かけることを提案した。夫は私のそんな様子を喜んだと思う。久しぶりのおしゃれもメイクも楽しかった。

それから、すっかりその和菓子店は私のお気に入りになった。見つけた時はすでに人気店だったけど、この地で見つけた、家以外のお気に入りの場所になった。感じのいい店員さんとのおしゃべりも好きだった。

少しずつ、少しずつ、外の世界へ目がいくようになった。目を向けてみると、古民家を改装した食事処、夏しか営業してない海沿いのカフェ、週に一回、不定期で営業してる猫のいるカフェなど、今まで知らなかった世界と出会うことができた。
最近はトムとジェリーに出てくるチーズケーキを再現しているケーキ屋さんを見つけた。春になったらコーヒー専門店が開店するらしい。

食べるって、生きることなんだ。
この地のものを食べる、それがこの地で生きる事の第一歩。
そんな事を、あの高飛車な羊羹が教えてくれたような気がしている。

さて、その和菓子屋は大判焼きも有名なのだが、新メニューで「カマンベール&蜂蜜」なるものが販売させるらしい。

また楽しみができた。今度の週末に息子も連れて食べに行こう。

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