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珠玉を読め

家の近所には図書館がない。今の家に引っ越してきた当初、まず最初にがっかりした事実だった。

小学校卒業間近の2月に転居し、中学からは電車で1時間半かかる私立校に通い詰めだったため近所に知り合いがまったくおらず、地元という言葉すら肌に馴染まないまま自宅からたった半径5km圏内を開拓するまでには9年の歳月が流れていた。

昨年末にやっと、徒歩30分の距離に市立図書館を発見した。電子書籍は嫌いだけど、紙束を置くスペースが確保できない自室の狭さで色々な気になる本をほったらかしにしてきた。贖罪のチャンス。

散策できるほどの広さではないけれど、おおよそかゆいところに手は届く品揃えの3階建て。5回ほど貸し借りしてみたけれど、まだ見ていない棚が結構ある。

一応どっこい美大生なので、本を取り扱う場所では必ず美術書を探すのだけど、図書館のような総合的な立場の土地では美術に割かれるスペースは弁当の漬物より少ない。でもだからこそ、突然におもしろ本を見つけた時の喜びが大きい。秘密基地探しが好き。

あたりさわりのない西洋美術入門や葛飾北斎がやはり並ぶ中、異様に大きい紫の辞書が足元の棚に刺さっている。篠山紀信の坂東玉三郎写真集だった。写真集、得てしてとんでもなく高い。ましてや上製本のA3サイズで辞書並みに厚いなんて諭吉ひとりじゃとても力不足だ。玉様ひとりのために何冊の本を引き換えにしたのか気が遠くなった。他のあらゆる文学を蹴散らしても人は玉様が見たい。美しさには抗えない人間の業の結果が図書館にひっそりと佇んでいた。

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