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蟹の家のメグ

深夜にメグちゃんと電話をする。

日系三世のメグちゃんは英語がまったく話せないけど、日本名で呼ばれるのを嫌がる。ちゃんと英名の方が似合う人なので私もメグちゃんと呼ぶ。いつ会ってもフロリダの風を感じる明るさと、表参道バリキャリ3年目みたいな厳しさが共存している彼女との電話は正しく異文化交流だと思う。

メグちゃんの最近のトレンドは、ウィーンに住んでるファゴット奏者と友達になった話。spoonという音声SNSで知り合ったらしい。いい声の人に目がないのはよく知っているので「ま〜たいい人見つけてきたねぇ」と口にした矢先、ある疑問が湧いた。

「クラブハウス、やんないの?」

まさしく音声交流に重きを置いたメグちゃん売ってつけの案件だ。アメリカ発だし。ところが。メグちゃんは「ぜーーーーったいやらない!」と即切り捨てた。

「あれに参加することで自分のコミュニティを保持するようなタイプの人になりたくない」との事。…そうだった。身の丈に合わないことを無理して手繰り寄せて優越感に浸るような都会の流行の空気は、あまねく私たちには合わなかった。斜に構えすぎ、と言われればその要素は否めないものの、そうして世間のウェーブに縦ノリできない者同士だからお互いいつまで話していても知らない世界を渡しあえてきた。メグと私の関係性が、ふと文脈に正しく現れたのを視認できた気がした。

「あ、でもね。クラブハウスじゃなくてクラァブハウスなら入れた。」「クラァブハウス?」

確かにアメリカの発音で照れ笑い混じりに言う。

「カニ。カニだよ」

なるほど、crabhouse。カニの家。そのスケールは私たちに正しい気がした。

「どんなアプリなの?」

「すっごく、くだんない」

「アハハ」

くだんないことを蟹の家で、いつまでもメグと話していたい。

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