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偶然なことは実はないということ

生きてるなんとも偶然に思えるようなことって度々あるのですが
実はそれは偶然なんかじゃない

為るべくしてという必然。

私結構な確率で予感が当たる人でして、
邪念がなければ、ちょっと先のことが映像で見えたりはあるのです。

邪念が結構邪魔くさいので、この邪念どうにかなればなぁとは思いますが。

次こうなる!が、思い込みでなく
誰かの操作でもなく
空気の流れのように
リンゴの実が木から落ちるように
見えて来たらどうでしょう?


少し間がある時、いや、少しじゃないかもしれないですが、
デジャブはこどもの頃から頻繁にあるのです。

これこそ、偶然では引き起こせないですもんね。
人に初めて会うのに、久しぶり!懐かしい〜と感じる。
全くの初めての場所で、昔来たなぁという身体の感覚を呼び起こしたり。
時には、会話まで同じのがやって来ます。
あの人が、このシーンで、この話する!

その場に居る中で、私だけが体験してる感覚なのかもしれなくて
言えずに居ることが多く。

そんなしょっちゅうじゃただの怪しい人になりかねないもの。
こういうのって軽はずみなかなか言えなかったり。

この話で言うと、昔、人のオーラの色が見えてました。
で、今は、集中すれば見えると言うか、感じられる。
それより、天から、数字がおろせるように変わったんです。
そもそも宇宙に、日本語とか 言語って存在しないと思われ
数字で送ってくるんですよ。
さすがに数字だけじゃ意味不明なので、解読書は購入しました。

必要なメッセージもおろせるので、必要な方、セッション可能です。
これも、聞こえると言うよりは、映像見える感じなんです。

偶然できるようになったなら、そんなに価値がないのかもしれません。
必要あって、ここにならでおりてきている数字たち。
大切に受け取りつつ、感謝も宇宙に投げてます☺︎

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