それでも僕はつくるしかない
そうだ。たぶんそうだった。インターネットが出てきた頃、1994年くらいかな。大方の誰もがそんなものがこの世界の社会基盤になるなんて思っていなかった。
たとえば、その頃の僕はパソコン通信のNIFTY-Serveでいろんな人と情報交換をしていた。けれどそれは会員制で掲示板の閲覧と書き込みがメインのクローズドな情報の世界だった。初めて自分のお金で買ったパソコンはMacのQuadra950だった。ハードディスクは250MB。一緒に購入したソフトはMiniCAD、Photoshop、Illustratorでまったく使えなかったのを憶えている。
Eメールだってまだまだ中途半端で、会社での連絡手段はFaxか固定電話だった。その方が普及して利便性があった。今や世界のアップルだってシェアが小さくてパソコン界のポルシェと言われるくらい高価だった。専門店で購入したら自宅まで運んでくれてセットアップまでしてくれた。いまや物流の覇王アマゾンだって始まりはオンラインのネット書店で品揃えも貧相だった。FacebookやTwitterなんて2008年位からだから自分にとってはつい最近の出来事。
そう、そのどれもこれも〝はじまり〟はそんなに大きな出来事でも存在でもなかった。ちょっと流行り物好きの、意識高い系の先物かぶれの人たちがエバンジェリストよろしく騒いでいるだけだった。誰もがちょっと新しい何かだと思っていた。
それが今や電気や水の如く社会基盤になっていて、「善」も「悪」も存在し、現実世界に複雑に絡み合って融合するとてつもなく巨大な、しかも捕まえきれないもうひとつの世界となっている。最初は些細で目に見える程度の「悪」でコンピュータウィルスといっても制御可能だったし、ネット犯罪も「エロサイト」って言われる程度のものだった。
でも今やそれは国家・地球規模になり、戦争や紛争、犯罪組織のためのダークサイト、にせの情報操作のために当たり前のようにつかわれ、制御不可能なバケモノたちが住む世界をつくってしまった。それらはリアルでないから厄介だ。
そして今またChatGPTなるものが騒がれている。まだそれが何なのかわかっている人はわずかだ。一生懸命仕事のツールとして使おうとしている人、すでに犯罪に使われはじめていると警告する人などなど。
これからはAIが世界を支える社会基盤のためのひとつの要素になることは間違いない。産業革命や大規模な事故などを経験して、電気、ガス、石油、原子力などが社会基盤となって今の社会を形成してきた。同様に知らぬ間に空気のように私たちの生活に浸透するまでには、想像できない問題が起こることになるだろう。
でもね。それでも僕は旧来の方法でコツコツと創作を続けていくしかないのだ。何かの〆切に追われながら。。。
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