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~理性が崩壊する時~

 はいっ!! どもっ!! にゃんにゃんっ!! にゃむですよっ!! (・∀・)にっ♬ ※日を跨いで昨日から今日にかけて作成致しましたにゃむ♬ いやー、暑いにゃむねぇ~♬ 何やら今夜はチラっと雨が降るような天気予報みたいだけど、これがまたっ!! ムシ暑さを倍増させるにゃむね・・・(´・ω・`) 悲しいにゃむっ!! 寝苦しいにゃむっ!! 余談にゃむ、今日フォロワーさまにブロックされたにゃむっ!! あにゃ(笑) (※一体何があったんだ!! 事件か!! 事故か!! それとも!! 炎上のぉ~♬ 前兆ぉ~♬? なななな~♬

 いや、うん、ここからは普通に書くよ(笑) あのね、フォロワーさんのnoteでね、まぁ、おそらく変換ミスだとは思うんだけど、漢字が違ったもんんだから教えてあげたのさ。 そしたら、noteコメント欄で指摘されるのがイヤだったみたいでね、最初にそれを言ってくれればよかったんだけど・・・クライアントとの距離感が!とか(クライアント?)、(指摘してきた)意図が!とか(意図?)、公の場でなんちゃらかんちゃら!!などと、とにかく腹が立ったんでしょうね。 そんなまさか、お怒りになられるとは思いもよらず、マズいことしちゃったかなーって反省ね(´・ω・`)ショボン・・・ ま、そんなこんなありまして、noteもTwitterもブロックされてしまいましたとさ♬ ちゃんちゃんっ♬ 以上、余談でした(・∀・)にっ♬

 そうね~、仮にボクが自分のnoteに対して何かしら指摘を受けたり批判をされたりした時には、内容がどんなものでも素直に、そして真摯に受け止めることにしてるんだ。 それも、変換ミスとか指摘された時には逆に感謝だよね(笑) 自己校正とか推敲とかってやってるつもりなんだけど、たまに思いっきり見逃してる時あるんだよね。 そういう時に教えてもらえたらすごくありがたい。 それがnoteコメント欄だろうがTwitterだろうが、公の場?ってその人は言ってたけど、指摘されたことそのものには感謝して、極力そういうことがないように自分でちゃんとチェックするってことをやらないとなっていう、教訓みたいに捉えるけどね、ボクは。 ハッキリ言って怒るところじゃない。

 うーん、これは憶測の域を超えないからあまり正確ではないのかもしれないけど、その元フォロワーさん、「投げ銭」を偉く推進していたようで、短期間でいろんな人にサポートしてたみたいね。 ボクもサポートしてもらったうえに、サムネイル代理制作を依頼してくれて、1つ画像を買ってもらってたんだよ。 なんかこうね、ありがたかったのはありがたかったんだけど、ご本人は強く見返りを求めていたようでね、内心「サポートしてあげた」「サムネイル依頼してあげた」っていう気持ちが表に出まくってたんだよね。 正直、恩を売りつけるようなマネされると、いくらお金を積まれても気分の良いもんじゃない。

 サムネイルは依頼されれば喜んで作るよ♬ でも、人間だからこその、利害感情を剥き出しにされちゃうと、ちょっとなーって思ってしまう(´・ω・`) 互いの関係性ってのは、ネット上では常に、相手が年上だろうと年下だろうと、男だろうと女だろうと、不特定多数の全てのユーザーと対等でなければならないと思うんだ。 もちろん、ボクがその人のnoteの変換ミスを教えたのも、単なる変換ミスであって気付いてないだけだろうと思って教えたんだけど、まさか逆鱗に触れるとは思わなかったんだよね。 うーん、いろんな人いるなーとは思うけど、当事者意識はいつも持ってるし、自分が注意や指摘を受けた時には真摯に受け止めるってことを自分が一番認識していればいいかなと思う。(※余談が長引いたw)

 さて、ここからは本題に入るよ♬ 皆さんにとっての「快楽」は何だろうか?? 食事? お風呂? 睡眠? お出かけ? タバコ? お酒? ギャンブル? セックス? どれだろう(・∀・) あ、もちろん、危険薬物は犯罪なので、ここではカットするよ。 そんなもん、存在自体が毒でしかないからね。 世の中で最も人生を破壊する依存物。 これだけは手を出してはいけない。 人間ではなくなるからね。 絶対にダメっ!! 自分が苦しむだけならまだいいけど、周りの人たちを巻き込むからね。 実際に、危険薬物を服用した状態で車を運転して大事故を起こして人の命を殺めてしまった事例もあるからね。 ゼッタイにダメェェェェェェッ!!

 快楽とは・・・ってまたネットで意味を調べてみるにゃむ。 偉い?(笑)

※心地よく楽しいこと。官能的な欲望の満足によって生じる、快い感情。けらく。「~をむさぼる」と使う。(デジタル大辞泉より引用)

 自慢にも何もならないけど、初恋は二十歳を超えてからだった。 もうね、ビックリするくらい世界が違って見えた(笑) 互いに好きだと思える恋愛で、当時は性にも溺れてた気がする。 初めての恋愛で感じた性の快楽は、それこそ麻薬に等しいくらいの依存度があると感じたものだ。 無論、麻薬なんぞには一切手を出したことはないのだが、「世間一般に知らしめられている麻薬依存に関する知識と比較して」という意味だ。 官能的な欲望の満足、ズバリそれだった。

 ボクは正直に思う。 生まれてから死ぬまでの間に、そういう体験が一度でもできたことというのは、それだけで生まれてきた甲斐があったと。 当時は本気でそう思った。 しかし、初恋は1年待たずして終わりを迎え、幻想は晴れた。 それからというもの、社会の荒波に揉まれ流され、何とかギリギリ生きてきた。 その間、初恋のそれに匹敵するほどの快楽には遭遇していない。 初恋を「幻想」と表現したが、あれは本当に幻だったのかもしれない。 そう思ってしまうほど、現実は全く別次元で、生きる気力を失いかけたこともあったし、自分の存在意義を見出せずに絶望したこともあった。

 恥ずかしながら、そうした社会の厳しさに打ちひしがれ、一人泣きながら眠りに就いた夜もあった。 少なくとも3度はあったんじゃないかな。 そんなことが1度ならず3度もあると、自信なんてものには根拠がなかったことを痛感させられ、酷く惨めな思いに苛まれたこともあった。 その極めつけに兄から究極のセリフを言われたのである。※バックナンバーのリンク間違えたので一旦消しました(笑)

 あのセリフを電話越しに言われた時に、何かがプツンと切れた音がした。 あの時、普通ならば怒りの感情を剥き出しにして兄に食ってかかっていたかもしれない。 しかしその時のボクは、こう思ったのである。 「兄にそんなことを言わせたのは自分のせいだ」と。 それから物事に対して学ぶ姿勢を重視するようになり、インプットするだけでなく、アウトプットの機会を持つようになり、今こうしてnoteで投稿する自分に遭遇することができている。 兄の言葉がなかったら、ボクは今もなんとなく毎日をやり過ごし、無駄に時間だけが過ぎゆく日々から抜け出せずにいたかもしれない。

 人生には、どういうわけか節目が必ずやってくる。 その節目とは、もちろん時期的な節目を指す場合が一般的なのは言わずと知れたことだが、もう一つ、「自身の内面的な節目」である。 一体その節目とは誰が作ってくれるものなのだろうか。 誰が気付かせてくれるものなのだろうか。 そんなことを考えてみても、過去を思い返して誰だったかを思い出すくらいしかできない。 でも、結局のところ、ボクは「家族からの影響」が圧倒的割合を占めていることを自覚している。 家族の影響がなかったとしたら、ボクはきっと別の人生を歩んでいたに違いない。 当然、悪い方向の人生だ。

 世間一般の人たち、あるいはテレビやネットで有名になった芸能人やお笑い芸人などといったタレント、テレビやドラマなどといったメディアからのあらゆる影響が、時を選ばず絶えず飛び交う中ボクたちは生きている。 20年前とは明らかに変化した現代社会には、いつ何から影響を受けるかさえ予測が付かない。 何年もの間、パチンコやスロットにハマった時期もあった。 そういう時期こそ、将来を考えず、だらしない生活をしていた。 ただ、いろんなことに気付き始め、無駄な毎日を過ごしていた自分から脱却できたのはなぜか。 今ならその答えがハッキリとわかる。

 自分をだらしない生活から脱却させたのは、【将来への危機感】である。 このままでいいはずがないと心のどこかでは思っていても、なかなか抜け出せずにいた。 そんな自分の尻に火を点けたのである。 なぜこれが今回のタイトルと関係しているのか。 それはボクの個人的な解釈なので、一概に正しいわけではないが、以下に示してみたいと思う。

 人間が日々のストレスや疲労に耐え得るのは、自身が欲する快楽があることが大前提なのだということが最大の理由である。 欲求を満たすことなく生き続ければ、人はストレスによって命を落としたり病に倒れたりと、通常の生活すらままならなくなる。 しかし、誰もが充分な快楽を感じながら生きているわけではないこともまた事実と言える。 現状の生活に満足していない人たちの内、自身の欲求を満たすために今を頑張れている人もいれば、それすら叶わずに苦しみ耐え忍んで今を生きている人もいる。 極端な話、快楽を感じるのが日常であるという人だっているかもしれない。 あなた自身の生活を振り返ってみて、欲求はどれくらい満たせているだろうか。

 毎日満たしている欲求の中に、「当たり前となった快楽」はどれくらいあるだろうか。 人間として絶対的に満たさなければならない欲求「食事」「睡眠」「排泄」以外にあなたが欲している日々の快楽にはどんなものが挙げられるだろうか。 ここでフォーカスしたいのは、【お酒】【タバコ】【ギャンブル】【セックス】の4つの快楽である。 

 嗜好品であるお酒とタバコには、依存性があり、ハマるとなかなかやめられず、医者にかからないと辞められない人も中にはいる。 お酒はアルコール、タバコはニコチン・タール。 人間が欲したくなる成分が含まれているのだから、依存しても不思議はない。 酒は百薬の長という諺があるように、適度に飲めば体に良いアイテムではあるものの、適度なお酒の飲み方を意識して楽しんでいる人なんているだろうか。 ボクの知るところでは、酒好きは毎晩のように晩酌、毎日仕事が終わったら居酒屋、少なくとも週3くらいはそうしてお酒を飲んでいるなんて人はたくさんいるだろうし、居酒屋に行かなかったとしても家で飲む人もたくさんいる。

 ボクはタバコも吸うし、お酒も飲む。 だけど、度を超えた程度ではない。 タバコは一日10本程度だし、お酒もたまにしか飲まない。 一回に飲む量も缶ビール1本で満足してしまうほど、量も少ない。 自分にとってはこれが適量なのだと思っている。 その分、あまりお金もかからない(笑) 我慢しているのではなく、これがボクのスタンス。 タバコもお酒も害はあるが、度を超えた扱い方をしなければ、すぐさま身体を壊すなんてことはないと考えているため、問題視はしていない。

 【ギャンブル】についてはどうか。 おそらく、人はギャンブル性のある娯楽からは切っても切れない生き物なのかもしれないとボクは考えている。 世の中には、幾多の種類の賭け事や博打を好む人がいて、日本ではパチンコ・スロットが今も一つの業界として存続してはいるものの、今年の2月、何度目かの国の規制により、射幸性はさらに減退し、プレイヤー人口は年々急激に減少している。 かつては30兆円市場という巨大な市場規模を誇っていたこの業界も、今は20兆円をいよいよ下回ろうとしており、プレイヤー人口は800万人を割り込むという試算が国の統計で発表されている。 気になる方は総務省の統計データを参照するといい。

 パチンコもスロットも、ゲーム性とギャンブル性をうまく演出し、この20年で技術は加速的に進化してきた。 しかしながら、その進化を抑制するが如く、国は規制に必死。 膨大な金が動く業界だからこそ、犯罪の温床とも言われ続け、事実、全国各地でゴト集団が悪事を働き、時には、善良な一般市民でさえも、魔が差して置き引きや窃盗などといった罪を犯してしまう。 それ故に、業界イメージはいつまで経っても向上することはなかった。 足を洗って全く気にも留めなくなった今は、興味がないと言ってしまえばそうかもしれないが、業界の変化には時々目を向ける。

 経済効果で言えばかなりの貢献だったかもしれないが、社会をめちゃくちゃにしたことも事実であり、これによって人生を棒に振ってしまった人たちは一体何万人、何百万人いたことだろう。 きっと想像を絶するほどの犠牲を生んだに違いない。 現実逃避がパチンコ店、そんな生活は一刻も早く抜け出すべきだと今は訴えたい。 楽しいのはその時だけで、一歩店を出れば必ず現実がそこにある。 「あーぁ、負けちゃった・・・次の給料日まで生活どうしよう・・・」そんな生活するくらいならもっと他に楽しみを見つけたほうがいい。 大勝ちすることはあるかもしれないが、毎日行ってたんじゃトータルで儲けられるわけがない。 それがわかってても未だに通い詰めてしまう人は、決まってこれと言って目標がなく、お金に余裕がない人たちなのである。 そう、かつてのボクがそうだったように。 だからこそわかる。 そんなパチンカス人生で終わっていいのか?

 パチンコ店は、機械台さえ買い揃えれば、勝手にお金をつぎ込んでくれる人が寄ってくるわけで、優良店であることを演出してさえいれば、競合店に客を奪われない限り安泰なのである。 立地条件が良いというだけで悠々と営業している店もある。 実においしい業界。 しかし人口減少の波及によりそうも言ってられなくなってきて、店仕舞いしている店舗がどんどん出始めている。 残るのは巨大企業くらいだろう。 逆風となるカジノ設立は、一層強みを増しそうだ。 パチンコメーカー、スロットメーカー、そして設備関連企業が、おそらくは「海外には絶対にない日本らしいカジノ」を創出するだろうと予測する。 果たして、どうなるのだろうか。 こちらにも注目したい。

 【セックス】について。 これも、人によってその依存度は異なるのかもしれない。 ボク自身、独り生活かれこれ5年。 風俗なんかには興味ないし、ないのが当たり前になっているため、それほど欲もない。 確かに、性的快楽は人の精神にダイレクトに届きやすい面はあるのかもしれないけれど、これも当たり前になってしまったとしたら、快楽の度合はどんどん薄れてしまうだろうなと思う。 考えもしたことないけどね、セックスが日常な生活なんて。 それに、コンビニに未だに陳列されているAV関連の雑誌にもレンタルDVDのアダルトコーナーにも、インターネット上の無料エロ動画にも、コレっぽっちも興味がない。 これでいいのか?とも思ってしまうが(笑)

 なんかこう、歳を重ねたせいもあってか、優先順位が変わったんだろうね。 若い頃はそりゃーもう恋愛したいと思ったし、セックスもしたいと思ったし、純粋に男としての欲求が強かったけど、今はね、性的欲求を満たすということが順位的にランクダウンしたと言えばいいのかな? 性に対する感覚が鈍くなってきたとも捉えることができる(笑) よっぽどのことが無い限り欲情はしないだろうな、と(笑) 欲情させられるようなことがあるとしたら、その時はきっと、恐怖を感じるかもしれない。 時が経てば経つほどに(笑)

 まぁ、あとは、【物欲】? ボクの物欲は今、本が欲しいってことだけだ。 それだけ(笑) 本と読む時間、これさえあればいい。 欲しいと言えば時間かな。 自由に遣える時間が欲しい。 本を読んで、文章書いて、画像作成して、その繰り返し♬ それだけでいい。 noteがあって本当に良かった(笑)

 そう、そうなんだよ、一般的に人が欲する欲の大部分を、自分の感情や思考から切り捨ててしまうと、精神的にすごく楽になるってことが分かった気がした。 おまけに、自分だけの時間が増えて、同時に、考える時間が増えて、自分と向き合う機会を得ることができるようになった。 何者にも邪魔されない、何物にも惑わされない、そんな時間。 一見、自分と外の世界の間に壁を作ってシャットアウトしてるように思われるかもしれないけど、思考は常に外に意識を向けてちゃんとキャッチしてるんだよね。

 この充実感を覚えることができて、孤独感に苛まれることもなくなったし、今じゃねこさまと会話することだってできるようになった(笑) 感情のキャッチボールね(笑) にゃーっ!!て言い合うだけだけど(笑) ちゅーるを欲しがるねこさまを横目に「今日はダメ!!昨日あげたでしょ!!」と言いながらカタカタとキーボードを叩く。 そんな日常が今、ボクの当たり前。

 いや、一切快楽を求めないようにしたとか、そんな極端な思考は持ってない。 満たせる時が来たら満たせばいい。 満たしたいと思った時に行動を少し変えるだけでいい。 そして、普段は素朴で地味な日々。 これこそが、快楽を最大限に堪能するための秘訣なんじゃなかろうか、と思うようになった今日この頃。 「落ち着いた日々」「安定感のある日々」をどうやって作っていくか。 それはきっと、プライベートの過ごし方にヒントが隠されているような気がするんだ。 そんなね、年がら年中快楽に溺れてたんじゃ、現実じゃ生きていけなくなっちゃうよね。 だからと言って、現実逃避が悪いとも言わない。 快楽も、度が過ぎればただの毒。 快楽が当たり前になってしまったら、理性はだんだん崩壊していくと思って間違いないと認識しよう。 「適度に」。 ね?(・∀・)あはっ♬

【にゃむのTwitter】

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