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文章を書くときに気をつけていること


こんなメッセージが届いた。
ギクリとして、背筋を伸ばしたまま3回続けて読み返した。こんな風に書きたいと、わたしが密かに考えていたことが見事に言語化されていたから。

そうだ、たしかにそうだ。
わたしは心地よくて、読みやすくて、それでいてちょっぴり変な文章が好きだ。好きだから、そういう文章を書きたいと思っている。noteで書くのは日記やエッセイがメインだけど、それでも小説を読み終えたときのような余韻を作りたいと思っている。

ありがとうございます。
このメッセージをいただいてから、考えてみました。大した文章も書いてない自分が.......と怖気付くような気持ちもありますが、自分用のメモも兼ねて、少し文章の書き方について記録してみます。

『書き方』といっても、わたしが個人的に気をつけていることなので、マナーや理論的には間違っている部分もあるかと思います。
また、正しい・良い文章の書き方を伝えたいわけでもありません。あくまでも、わたしの場合はこうですよ〜ぐらいの参考程度にということで。


構成

1.書き出しと締めを意識する

なにかの本 (それこそ文章術みたいな本だった気がします) で読んで印象に残っていることがあります。
それは、人間は最初と最後の文しか印象に残らないということ。つまり、いかに書き出しと締めを印象的に出来るかが文章全体のクオリティを上げる鍵になると言えます。

わたし自身、日記やエッセイを書くときに最も気をつかうのが書き出しと締めです。具体的に言うなら、少しだけ小説っぽさを出すよう心がけています。

小説っぽさとはなんぞや、というと......。

ひとつは情景描写/感情描写でしょうか。
個人的に日記=情景描写、エッセイ=感情描写が主なイメージがあるのですが、これら両方のバランスをうま〜く取ると、読み手を引き込む文章に近づける気がします。
あとは、比喩や擬音を使うと更に『っぽく』なるかと。お気に入りの作家さんの文章を参考にすることも多いです。自分が書きたい文章というのは、つまり自分が読みたい文章だと思うので。


そして、書き出しと締めの役割も意識しています。
書き出しは、いわゆる掴み。出来る限り読み手の心を惹きつけるような(=共感を得られるような)文章が適しています。初めから自分の感情や考えを吐露しすぎることは、「いや知らんわ」になりかねません。

例えばこちらの書き出し。「〜してしまった」の一文で印象を残したあとに、わたし以外にも経験していそうなちょっとしたあるあるを並べることで、共感を得ようと試みています。


一方で、締めは書き手の思いが最も伝えられる部分です。ここでは感情や考えを思いっきり、それはもう読み返したら恥ずかしくなるぐらいに吐き出します。

インスタのキャプションに書いた締め部分を3つ並べてみました。ここでもやっぱり小説っぽさを意識しています。
あとは (少しズルいハックですが)、結論をバシッとひとつに定めるよりかは、少し濁すだけで余韻を残すことができます。この余韻が小説っぽさに繋がるのかな、と。


2.鉄板の『型』をつくる


自分の鉄板をつくると、比較的するする文章が書けるようになります。鉄板の型といっても、絶対それに当てはめるべきとか、そういうわけではありません。
少し言い換えると、自分の好きな文章構成を知るということです。繰り返しにはなりますが、書きたい文章とは、つまり読みたい文章だと思うので。好きな『型』を知ることは大事なのではないでしょうか。

例えば、前の項の『書き出しと締めを小説っぽくする』『共感で引きつけて感情吐露で締める』『結論を曖昧にして余韻を残す』。これらは完全にわたしの好きなです。



〜してしまう構文は、まさにわたしの鉄板ネタ。
書き出しや、それに近い前半部分に置いて問題提起のきっかけにすることもあれば、後半部分に使って文章を印象的に見せることもあります。


もちろん使いすぎるとマンネリ化するので、いざというときの武器として持っておくのが良いかと思います。



テクニック

1.同じ文字種を続けない

今私は本を読んでいる。

今わたしは本を読んでいる。
今、私は本を読んでいる。
わたしは今、本を読んでいる。
いま私は本を読んでいる。

一行目の文章は、『今』と『私』が続いているので少し読みにくく感じます。もちろん読めなくはないけど......なんとなく違和感があります、個人的には。

漢字が続く場合には平仮名や句点を効果的に使います。一方で平仮名が続く場合には、漢字に変換したり、やはり句点を打ったりします。わたしは割と句点を多用するタイプなのですが、それも同じ文字種を続けないことを意識しているためです。
この辺りも、おそらく好みが分かれるかと思うので、自分が良いな、読みやすいなと思う形を取ることを勧めさせてください。
本当に、文章って癖(ヘキ)で出来ていますからね。

2.繰り返す/繰り返さないメリハリをつける

基本的に、文末の形は繰り返さないようにしています。

特に日記は過去形『〜した・〜だった』の連続になりやすいです。
わざと現在形 (ここで言う「座る」「合う」)を取り入れたり、体言止めを使ったりすることで文章全体にメリハリを出します。

また『〜みたい・〜らしい・〜のような・〜ということ』あたりも、続けて使うと読みにくいので注意しています。『わたしは』といった一人称も、特に指示が必要でない場合は省いた方がすっきりして見えます。


対して、意識的に言葉を繰り返すこともあります。

例えばこれなんかは『分からない』を繰り返すことで強調の役割を持たせています。

こちらは、敢えて「〜だった」を繰り返すことでリズム感を持たせたもの。

繰り返した方が良い、繰り返さない方が良い、のかは一概には言えません。『一文は長すぎない方が良い』ことも、あらゆる文章においての鉄則ですが、わたしは時たま敢えてだらだら書いたりもします。

いずれにせよ、意識しているのはメリハリを付けることです。

長〜〜〜い一文ばかりが続くと読みにくいし、〜だった文末ばかりが続くと味気なくなるし、下手に繰り返しすぎるとしつこくなってしまう。
自分の文章を読み返したり、好きな作家さんの文章を観察してみて、文章を分解する作業を行うことが (めんどくさいけど) なんだかんだ近道のように思えます。

3.流れで読んでみる

一文一文がいかに美しくても、全体のバランスが整っていなければ途端に読みにくくなります。
わたしは文章を書く際、必ず頭の中で音読してリズムに違和感がないかどうか確かめます。
一文ごと、段落ごと、文章全体ごと......分けて行うのがおすすめです。書き進めたら少し戻って読み返してみて、違和感があれば修正する、といった作業を繰り返しながら書いています。



おまけ

わたしが文章を書くにあたって参考にした本を何冊か紹介します。



以上、いかがでしょうか。
繰り返しにはなりますが、これが正しいというわけでもないし、正しい文章・良い文章を書かなければいけないわけでもないし、そもそも良い文章の定義も様々です。

わたしは、自分が好きだと思えるような、読みたいと思えるような文章を書いていきたいです。
皆さん自身が「好き!」と思えるような文章を書くためのお手伝いが、少しでも出来ていれば幸いです。

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