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四コマ漫画みたいなノリで書けないかなと思い、始めたショートストーリー集です。
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#短編小説

プレミア・タイム

 朝起きて、まず煙草を咥える。  それからカーテンを開けて立ち上がる。キャバクラでもらったライターはベッドと柵の隙間に挟まっているから、手を突っこみ拾い上げたら火をつける。長く吸うと先がちりちりと静かに燃え、彼は朝日を浴びながらそのままベッドに仰向けで倒れ込んだ。  天井に向かって昇ってゆく煙の先を彼は見ている。倒れた振動でも胸に肺は落ちなかった。  彼はその日の行く末をこうして占う時がある。そういった日は大抵、なにか楽しみな予定がある日だ。  梅雨に入り、連日ぐずついた天

プライマリー・カラー 〈Gの章〉

 透香はエスカレーター式に大学へ上がる。  住んでいるアパートの一階にはエントランスがある。緑の半キャップを首に欠けたまま、彼が慣れた様子で番号を打ち込む。  チャイムが鳴り、透香が部屋のドアを開けると彼は玄関で靴を脱ぎ捨てた。靴箱横のスタンドに半キャップをかけ、彼はリビングへ進む。短い廊下に汗で出来た彼の足形がついていた。  ローテーブルの上にはあさりとほうれん草のパスタがあって、微かにまだ湯気が上がっている。皿の両脇にはスプーンとフォークが整列していて、彼は洗っていない手

メロン・ビーチ・クラブ

 レンズの分厚いメガネが似合うふみちゃんはプールの授業をさぼって屋上にいた。太腿の上にはお弁当用のバッグがあり、チャックを閉めたまま誰かを待っている。  建付けの悪いドアが音を立てて開く。  長い前髪で顔が隠れたうみちゃんが手を挙げた。彼女が持っている袋の中には夕張メロン味のミルクとレタスとハムのサンドウィッチが入っている。  消毒と着替えを終え、プールサイドには生徒たちが集まっている。今日はクロールの25メートルのタイムを計る日で、生徒たちはやりたくないと思いながら、日差

ドライアイス

 マイナス79度の二酸化炭素は空気に触れると昇華され、大気中の水分を逆に凍らせながら、白い煙となる。 「なんで、まだあの男と付き合ってんの?」  喫茶店の窓際の席、外気と室内の温度差でガラスは結露している。  彼女には付き合って6年の彼氏がいて、向かいに座る彼女の親友は結婚して三年目だ。親友の夫は馬車馬で、ファミリーカーであり、もはやレジャーシートだ。そんな親友のことを彼女は心から尊敬し、常に正しいと思っていた。  それでも前髪を真ん中で分け、耳のあたりから鎖骨まで緩く巻

トークボックス

 AM5:50。  僕は彼らの住所、誕生日、電話番号、本名を知らない。分かっているのはSNSのアカウント名と、LINEのID。夜明けになるといつも同じファストフード店に集まっていることぐらいだ。そして、僕同様、彼や彼女達も互いに互いを知らない。 kyoko ねえ、聞いて。 今日さ、相席屋からのクラブだったんだけど あたしと友達、男二人で4人出来上がってんのに、めっちゃ絡んでくる奴いて でもイケメンだったからホテル行ったの。 そしたらソイツ暴力団でしたww で、怖くなって今、

グッド・ナイト

商業ビルに設置された屋外用LEDビジョンには猫の部屋が映し出されている。そのビルの脇ではタクシーが止まっていて、テールランプが赤く灯り続ける。今夜は何処かで事故が起きたのだろうか。車内は静まり返っている。フロントミラー越しに肩幅の広い商社マンが腕組みをして座っている姿を、運転主は見てしまった。カーラジオが時事ニュースを提供してくれたおかげで会話のきっかけが生まれ、なんとなく漂っていた気まずさが少しだけ薄まった。タクシーの前を走る都バスの電光掲示板は誰かの最寄りのバス停が近づい

ミステリー

 炉に入った彼女の母親、あるいは彼の妻だった遺体は炎によって、肌を焼かれ、肉を削がれ、全てを奪われたあげく、ただの骨になった。  近隣住民から、あの人いつまでも年取らないわよねと羨まれていた美貌も、そんな当人がメイクで必死に隠そうとしていたこめかみのシミも、等しく焼き尽くされ、煙となった。  黒く艶のある石で四角く囲われた台の上には仰向けの状態になった白骨体がある。それを囲む遺族たちは故人を想い、鼻をすすりながら目元を拭っている。  火葬場のスタッフのアナウンスで骨上げが

タイム・ウィル・テル

 マスクをして出掛けることが、すっかり当たり前になった。  政府は屋外であればマスクをとってもいいと言っていたが、街行く人々は今日もマスクをして職場や学校へ向かっている。  テレビコマーシャルでも、ドラマでも、マスクをしている描写が増え続けている。そんな生活様式は今、ニュースタンダードと呼称され、日常として受け入れられ始めている。 「だからトイレは座ってしてって、何回も言ってるよね」  年明け一発目にした妻との口喧嘩を、彼は職場の最寄り駅の改札を抜けながら思い出す。  定