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お題「じゃがいも・玉ねぎ・にんじん」【創作BL小説】

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今回のお題・執筆時間・文字数はこちら

お題:じゃがいも・玉ねぎ・にんじん(フォロワーさんから)
執筆時間:一時間半(三十分オーバー)
文字数:3,357字

では、どうぞ!

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「なにそれ」

 ホームルームが終わり、荷物をまとめ竜樹の席へと向かった雅哉は竜樹の手にペンで書かれた文字を見つけ指を差す。竜樹は黒くなった左手をひらひらとさせ歯を見せて笑った。

「これ? 今日の晩飯の買い出しメモ」
「何で手に書いたんだよ……」
「だって、手に書いたら忘れないじゃん」

 まるで、新発見をしたかの如く、得意げに竜樹は左手を雅哉に見せつける。二人のやりとりを見ていたクラスの女子が小さく笑いながら去って行くのが雅哉の目に入った。あまりにも竜樹が自信満々に顔を輝かせ笑うから、なんだかこっちが恥ずかしくなる。
 なんだか指摘するのさえも馬鹿らしくなってきた雅哉は、あえて「スマフォのメモでも良いだろ、それ」とは言わずに「確かにそうだな」とだけ返して竜樹の手の甲をのぞき込む。そこには若干滲んだ言葉が何やら三つほど並んでいた。

「えっと、「じゃがいも」「玉ねぎ」「にんじん」……カレーか?」
「正解。お前ってカレーは何口派だったっけ?」
「中辛な」
「じゃあ、甘口な」
「なんでだよ」
「俺、辛いのダメだから」
「じゃあ、別にカレーじゃなくて良いだろう。シチューにしようぜ」
「……あ、それいいな。天才」

 竜樹はお世辞でも揶揄でも何でもなく、心底そう思っている様子で微笑む。そのくしゃっとした笑顔が可愛らしくて、雅哉は胸を押さえる。彼と付き合い始めたのは高校一年の冬。それからもう二年が経つというのに、雅哉はまだこの笑顔に慣れないでいた。
 なんだか色々な物が暴走してこの場で「可愛い」と絶叫して抱きしめたくなる衝動に駆られる。けれどそんなことをしたら、恥ずかしすぎて明日から学校に来られない恐れがある。いくら、竜樹が口を滑らせてクラス公認の仲になってしまったとはいえ、教室でいちゃつくのは雅哉にはハードルが高すぎた。

 それに、今は受験シーズンまっただ中。唯でさえみんな若干気が立っているというのに、それを刺激するようなことをしたら、異性カップルだろうと同性カップルだろうとクラス中の怒りをかうのは目に見えていた。
 雅哉は「早く帰るぞ」と竜樹に促し教室を出る。その後を竜樹は主人の後を追う子犬のように追いかけてきた。子犬と思うと竜樹の尻から尾が生えているように見えて雅哉は自然と笑ってしまった。

「シチューに米は許せる人間?」
「別に許せるし米いける人を迫害はしないけど……パンだと嬉しくなるな」
「家にバターロールあったから、それにするか。正直、米炊くの面倒くさかったから助かるよ」

 いつの頃からか、雅哉は放課後は決まって竜樹の家に行き、課題をして二人で一緒に過ごして、その後夕ご飯まで一緒に食べるようになった。竜樹の家は両親が共働きで帰りが遅い。どうやら竜樹の両親は竜樹が一人寂しく食事を摂ることを懸念している様子で、夕ご飯を食べてから帰宅する雅哉に対して苦言を呈するどころか寧ろ毎日竜樹とご飯を食べてやってくれとお願いしているくらいだ。
 雅哉自身、竜樹の料理は美味しいし、何より竜樹と共に食べられるご飯はいつもより美味しく感じている。だが、何から何まで竜樹に任せっぱなしなのは申し訳ないため、買い出しの荷物持ちと、食器洗いは自分がするようにしている。

「なんだか、新婚さんみたいだね」

 そう言って笑う竜樹に雅哉はまんざらでもなく、なんだか幸せな気持ちになるのだ。

 学校を出た二人は竜樹の自宅近くにあるスーパーマーケットへ向かった。頭に染みつきやすいメロディのテーマソングが流れる店内は今日も賑わっている。この時間帯はタイムセールの真っ最中だ。今日は魚が安いらしいが、二人はその放送と生魚売り場へ向かう人々の波を無視して野菜売り場へと向かった。
 照明に照らされながら、色とりどりの野菜立ちが棚に並ぶ。竜樹はカートを押しながら自分の左手を見つめた。さっきより文字が滲んでいて読みづらい。

「えっと、「じゃがいも」と「玉ねぎ」と「にんじん」……」
「じゃがいもあったぜ。どれが新鮮かとか全然わかんなかったけど、こいつが一番自分が美味いと主張してたからこいつにしてきた」
「自己PRが出来るタイプか。受験強そうだな」
「だろ」
「サンキュー。その調子で玉ねぎとにんじんの声にも耳を傾けてきてくれ」

 竜樹に指で作ったオッケーサインを見せ、雅哉は玉ねぎとにんじんも竜樹の元へと持ってくる。二人はその後お菓子コーナーで課題のお供としてポテトチップス――オーソドックスにうす塩味だ――をゲットし籠に入れると、レジへと向かった。ベテラン女性が打つレジの列に当たったらしい。長い列の一番後ろにいた二人の番はあっという間に回ってきた。
 画面にどんどん商品の値段が表示され、竜樹が鞄から財布を出す。それを見ながら、雅哉は「そういえば」と声を出した。

「タカセンとの面接練習どうだった?」

 タカセンとは担任の高山先生のことだ。最近は入試の面接に向けて生徒に面接指導をしている。練習は申請式で申し出をしてから順番が回ってくるまでに時間がかかる。二人で申請をしたのが一週間前。雅哉が高山に呼ばれたのが一昨日で、昨日竜樹の面接練習も終わったのだ。

「えー……「緊張しすぎて考えてたことを忘れやすいな」って言われた。あ、袋いらないです」
「お前は緊張しぃだからな」
「本番も緊張しまくって飛んだらどうしよ」
「そうならないように練習してるんだろ。ほら、エコバッグ貸せよ。荷物持ってやるから」
「いやん、まーくん優しい♡ 好きになっちゃう」
「もうなってるだろーが」

 自分で言っておいて雅哉は恥ずかしくなったようだ。顔を真っ赤にしてじゃがいも一袋と玉ねぎ一玉。それににんじん一袋が入ったエコバッグを竜樹から奪い取りそさくさとスーパーの出口へと歩いて行った。

「もぉ、まーくんったら可愛い!」
「うるせぇ、さっさと来い!」

 雅哉のその上ずった声が可愛らしくて、竜樹はニヤニヤとしながら出口へと駆けていった。

 外へ出ると冷たい北風が二人を包む。それに体を震わせると、二人は肩を並べ竜樹の家へと向かった。スーパーから家までは五分程度。寒いけれどもう少しの辛抱だ。
 甲高い風の音が耳を掠める。ふぅっと白い息を吐くと同時に竜樹は暗い声を溢した。

「受験やだなぁ」
「好きな奴の方が少ないだろ。試験とか面倒だしさ」
「試験とか面接も嫌だけどさ、」

 ずっと響いていた靴音が一つ減る。雅哉はハッとして足を止めると後ろを見た。立ち止まった竜樹は赤いマフラーに顔を埋めながら俯いている。その鼻が、目元が、少し赤くなっている気がした。
 雅哉は咄嗟に竜樹の方へ近づく。「どうしたんだ」と尋ねるより先に、竜樹の声がマフラーを潜って雅哉の耳に届いた。

「まーくんと離ればなれになるのが嫌だ」

 強い風が二人の来ているコートの裾を舞い上がらせた。風に巻かれて小石や木の葉が宙を舞う。それに併せて、竜樹の眼から溢れ出た雫も風の中へと散っていった。
 しばらく虎落笛の音しか聞こえない時間が続く。やっと口を開いた雅哉の声は僅かに震えていた。

「……まだ、そうなるって決まったわけじゃないだろ」
「でも、第一志望は県外なんだろ」
「第二志望は県内だし、第一は偏差値高いからさ」
「でも、合格圏内ではあるんだろ」

 竜樹の声は今にも消えそうで、雅哉は無言で竜樹の手を握った。手袋も何もしていない手は冷たく冷え切っている。雅哉はコートのポケットから使い捨てカイロを取り出し半ば無理矢理竜樹に握らせた。
 竜樹の指先の震えが止る。するとマフラーでくぐもった声が聞こえてきた。

「……ごめん、わがまま言った」
「いや、いつものことだし良いよ」
「シチュー、頑張って作るから、許して」
「だから、怒ってないって」

 雅哉は竜樹の左手を握るとその手を引っ張る。泣き顔なんて見たせいだろうか。冷たくなっていた竜樹の手に反して雅哉の手は熱く、若干汗が滲んでいた。

「もし、離ればなれになっても連絡ちゃんとするから」

 雅哉の声に竜樹は強く手を握り返す。結ばれた二人の手。その手の温度はゆっくりと高まり、竜樹の手の甲に書かれた「じゃがいも」の「じゃ」が雅哉の汗で滲み、黒いインクが雅哉の指先へと移っていった。

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