見えるOLと死んじゃった彼女の話【1】【GL小説】
プロローグ
恋人が死んだ。仕事から帰る途中で通り魔に襲われたそうだ。
恋人は、クズか聖人かといわれればどちらかと言えばクズの部類の人間で、美人であるのを良いことに男女問わず食い散らかしていた。それは私が恋人になっても変わらずで、近所のコンビニに煙草買いに行く感覚で男に抱かれに行き、スーパーに酒を買いに行く感覚で女を抱きに行っていた。
何が言いたいかというと、兎にも角にも恨みを買いやすい女だった。
だから、何時誰に刺されても不思議ではなかったし、警察から連絡を受けたときも「らしい死に方をしたな」という感想しか抱けなかった。警察の前で「そうですか」と無感情に言う私は大層怪しかっただろう。
寂しいという感情は持たないし、持てない。確かに「どうして死んだんだ」とは思ったが、それが寂しいに直結することはなかった。
だって、彼女が死んだからと言って、私の側から離れた訳ではない。寧ろ今までよりずっと傍に――鬱陶しいくらい傍にいる。
「いやぁ、まいった。マジで刺されるとはおもわなんだわ。人生何が起こるかわからんね」
そう言いながら、私の目の前に浮遊している半透明の女は紛れもなく、見紛うことなく、死んだはずの私の恋人だった。
どうやら、私の恋人は、なんの未練があったのか幽霊になってしまったらしい。
しかも都合が良いことに、私は幽霊に触れることは出来ないが姿を見、声をはっきりと聞けるほどの霊感体質だった。
これは、霊感体質アラサーオフィスレディーの私と、死んでしまった私の彼女が送る、あまりに非日常な日常を描いた物語である。
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「成仏しろよ」
「はい、問題です。お前が死んでから、何日が経ったでしょう」
「五十五日です!」
「四十九日過ぎてんじゃねぇか。いつまで、居座る気だ。いい加減成仏しろ」
ワンルームに私の絶叫が木霊する。案の定、隣人が壁を叩く音と振動が響き、負けじと大声で「すみません」を返したが、返事は返ってこなかった。きっと、同居人が死んで気が狂ったぐらいにしか思われていないのだろう。至って正気なのに勝手に憐れまれていると考えると惨めで腹が立ってきた。
そんな私の気持ちを知るはずも、知ろうともしていない彼女は宙で抱腹絶倒している。腹が立って拳を振り下ろしたが、当然のことながらその手は彼女の身体をすり抜けた。
「……真面目な話、そろそろ天国行かないと親とか心配するんじゃね」
「やだぁ、しっきーったら、うちの親がそんな心配するはず無いって知ってる癖にぃ」
「「しっきー」って呼ぶな」
「まあ、しきしきがそう言うなら行こっかな、天国」
「「しきしき」って呼ぶな」
「じゃーね! しきみん! お盆には帰ってくるからね!」
「「しきみん」って呼ぶな」
わざとらしく泣きながら窓から出て行く彼女にふらふらと手を振る。身体に触る空気から完全に彼女が遠くへ行ったことを感じると、ふぅっと溜息を吐いた。
これでいい。これでいいのだ。
骨は土へ。魂は天へ。あるべき場所に、戻るべき場所へ戻るべきなのだ。
かえるべき場所にかえるべきで――
「ただいま」
「早すぎるだろ。まだ盆じゃないぞ」
「嫌だ……天国無理だわ……」
「出てってまだ二分しか経ってないぞ。時間制限あるヒーローはだってもうちょっとがんばるぞ。そんな速さで天国行ける訳無いだろ。天国舐めるなよ」
「天国には行ってないんだけどさ、天国行くために川渡るじゃん? その川までは行ってみたんだけどさ、」
彼女は唯でさえ幽霊になってから蒼くなった顔をさらに蒼くして肩を抱いて震えた。そんな震える彼女の唇から、死んだ後直ぐにさえも聞いたことがないくらいに脅えきった声が出た。
「川の前……パリピと陽キャしかいなくて……」
「パリピと陽キャ」
「天国多分クラブかなんかなんだわ……陰キャにはちょっと厳しすぎるわ……」
「天国イズクラブ」
こいつは何を言っているんだろう。呆れて思考力が一気に低下したのを感じた。
「……じゃあ、もうちょっとここにいるか?」
私のその声を聞いて彼女の顔が一気に明るくなる。
この顔を見ると、手放せなくなってしまう。私は大きく溜息を吐きながら、開けっぱなしにしていた窓を閉めた。
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