銀河フェニックス物語 <番外編> 最近すきな動画 ショートショート
実は、最近何度も見ている。見るたびに感動して身体が震えるのだけれど、そのことは本人には伝えていない。
彼氏であるレイターと、推しである『無敗の貴公子』エース・ギリアムが宇宙船レースの最高峰S1グランプリで対決した約一時間の動画。
フェニックス号の動画再生システムは4D仕様で最高だ。宇宙空間に浮かんでレースを観ているような、あの最新システムで世紀の一戦を堪能したい。
でも、レイターと一緒に見たいかというと微妙だ。何といっても推しの引退試合でもあるのだ。
S1の決勝は、およそ二分のコースを三十周飛ばす。
安っぽい機体で、奇策と正攻法を組み合わせて後方から順位を上げていく『銀河一の操縦士』の飛ばしは、何度見返しても手に汗を握る。
そして三十周目、最後の直線。不気味に赤く発光し今にも燃え出しそうな機体でレイターがエースを追い詰めていく。
あそこで本当は死ぬ気だったのだレイターは。前の彼女のフローラさんを追いかけて……
二機がもつれあう姿を見るたびに、このままレイターが焼け死ぬのではないかという、恐怖と怒りで身体が震えたことが蘇ってくる。
二人は無事ゴールした。
エースが表彰台の一番高いところへ立ったところで、わたしは動画を見ながらいつも泣けてしまうのだった。
二人の接戦がすごすぎて興奮し、レイターが無事だったことにほっとし、そして『無敗の貴公子』が無敗を守り切ったところで、感情のジェットコースターがあるべきコースから飛び出してしまう。
推しのエースには学生時代から時間もお金も貢いできた。彼がいたからクロノスに就職した。当時のわたしは身体の水分のほとんどがエース色に染まっていた。推しの卒業は一大イベントだ。
そのことをレイターはよく知っている。
表彰台でシャンパンファイトをするエースを見て涙を流すわたしを見たら、レイターはどう思うだろうか。
実際には、現実のエースとは最後まで恋愛になれなかった。エースから交際を申し込まれたというのに。
その理由がレイターの存在だ。どうがんばってもレイターを好きだという気持ちをわたしは削除できなかった。
推しへの愛と現実の恋は違う。でも、それをレイターに言葉でうまく説明できる自信がない。
彼は女たらしの一方で執着の強い人なのだ。「こんなとこで泣くなんて、バカじゃねぇの」と平気を装いながら嫉妬して傷つくに違いない。
大好きな動画だけれど、やっぱり、フェニックス号で見ることは当分あきらめよう。でも、いつかは笑って一緒に見られたらいいな。何と言っても、S1史に残る世紀の一戦なのだから。 (おしまい)
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」