銀河フェニックス物語<出会い編> 第二話(1/25) 緑の森の闇の向こうに
<第一話(未公開)のあらすじ>
宇宙船メーカーのクロノス社に入社したティリーは初めての出張に『厄病神』の宇宙船で出かけた。『厄病神』と出かけると仕事が失敗するというジンクスがある。そして、ジンクス通りに出張先でデモ隊と警官隊の武力衝突に巻き込まれ、契約ができないまま本社へと戻った。
一・厄病神とダメ営業部員
「三十九度の高熱が出て自宅で寝込んでいる」
オフィスで隣の席のベルから連絡が入った。同期の中でも姉御肌でいつも元気なベルの声がかすれていた。ベルは明日からパキ星へ出張に出かける予定が入っているのだけれど・・・。
部長が申し訳ないという顔で、わたしに近づいてきた。
「ティリー君、休暇の日程をずらせないかね。ベル君の代わりに出張へ行ってもらいたいんだが」
わたしは明日から三日間、特別休暇をもらえることになっていた。けれど、特に予定も入れていない。同期のために一肌脱ごう。
「わかりました。大丈夫です」
「じゃあ、よろしく頼むよ」
部長はほっとした様子で席に戻った。
わたしは、宇宙船メーカー最大手のクロノス社に勤めるティリー・マイルド十六歳。
ことし成人して、故郷のアンタレス星系から銀河連邦中心部のソラ系へと出てきた。ベルとわたしは一緒に入社した新入社員。
ベルとわたしはお互いの業務を大体把握しあっている。今回の出張は部品の生産が遅れ気味のパキ星現地工場の視察で、ダルダ先輩のアシスタントだ。
ベルの机を勝手に探ってみたけれどパキ星の資料データは見当たらなかった。
ベルは明るくさっぱりした性格で、そんなベルのことが好きなのだけれど、どうも仕事は大ざっぱだ。バックアップも取らずに自宅へ持ち帰っているのだろう。
顔を合わせて引き継いだ方がいい。見舞いがてらデータを受け取りにベルの自宅へ出かけることにした。
わたしのアパートもベルのアパートも会社から歩いていける距離にあり、プライベートではしょっちゅう行き来している。
*
いつも元気でスポーツ万能なベルが、ベッドでぐったりと横になっている姿は痛々しく見えた。
「大丈夫?」
「うん、夏風邪だってさ。薬でだいぶ楽になったんだけど」
ベルもわたしも一人暮らしだ。
「鬼の霍乱ってこのことよね。手伝えることがあったら遠慮なく言って」
「ありがと。一通りプログラミングされてるから大丈夫」
薬やご飯の心配はなさそうだった。出張の資料データを受け取り、中身を簡単に引き継ぐ。
「ごめんねティリー。ほんとは明日から休みだったんだよね。先週の出張、大変だったもんねぇ」
ベルが恐縮している。そう、先週のわたしの仕事は、会社が慰労の特別休暇をくれるというぐらい大変だったのだ。
「といっても、ベルも知ってのとおり、休みに何の予定も入れていないのよ」
ベルはわざわざベッドから体を起こしショートカットの頭を下げた。
「ごめん」
律儀に起きなくてもいいのに、と言おうとした時、
「もう一つ引き継ぐことがあるの・・・」
ベルが充血した目でわたしの目をじっと見つめた。
「な、何?」
「船がフェニックス号なの」
「えっ?」
思わず手にした資料データを落としてしまった。
『厄病神』が乗る宇宙船フェニックス号。まさに先週わたしはその船で出張に出かけた。
フェニックス号で出かけると契約できないというジンクスがある。
そして、ジンクス通りに、出張先でわたしは大規模デモと警官隊の武力衝突に巻き込まれ、命からがら帰ってきた。契約どころじゃ無かった。
部長からは「『厄病神』の船で出かけたのだから仕方がない」の一言で片づけられ、またもやフェニックス号の悪名は高くなった。
もはや、誰もフェニックス号には乗りたがらない。
「仮病じゃないよ」
ベルは申し訳なさそうな顔で言った。
「わかってるわよ」
仮病じゃないのはわかるけど、仮病を使ってでも『厄病神』の船に乗りたくない気持ちもわかる。床に落ちた資料データを拾う。
「泊まる場所はフェニックス号じゃなくて現地支社が高級ホテルを用意してくれたから・・・」
ベルがせめてもの罪滅ぼしのようにわたしに伝えた。病人に文句を言っても仕方がない。わたしはつとめて明るい顔をした。
「あんな目にあったばかりだから、確率から言えばきっと今度は大丈夫よ」
この見通しがどれほど楽観的だったか、後に知ることとなる。
*
「ティリー君よろしく」
野太い声がした。一緒に出張へ出かけるダルダ先輩だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
頭を下げた。
ダルダさんと組むのは初めて。大柄で肌がよく灼けている四十代半ばのダルダさんは、明るくて豪快な人だ。でも営業成績はあまりよくない。
「君、先週フェニックス号で出かけて大規模デモに巻き込まれたんだって? 大変だったろう」
「ええ」
先週のことを思い出すと気分が重たくなる。
「『厄病神』の船じゃ何があっても不思議じゃないけどね」
これからその船に乗るというのにまるで他人事のようだ。
「ダルダさんは平気なんですか?」
「俺はこれまでにもあいつと何度か仕事してるけど、あいつはボディーガードとしては腕が立つ」
あいつというのはフェニックス号の船主『厄病神』のレイター・フェニックスのことだ。
「君も怪我一つしなかったろ」
レイターはボディーガード協会のランク3A。おちゃらけた見た目と違って腕が確かなのは身を持って知っている。
だけど、・・・ダルダ先輩には言っておいた方がいい。
「レイターは先週、銃で撃たれて怪我をしたんです」
ダルダさんは意外だという顔をした。
レイターの怪我のことは会社に報告していない。まだ、あれから一週間しか経っていないのに彼は大丈夫なんだろうか。
「へえ、珍しいな。撃たれる前に撃つって奴なのに」
ギクリとした。
思い出したくないことを思い出す。
先週の出張でレイターは狙撃犯を撃たれる前に撃ち、わたしの目の前で殺害した。
わたしの生まれ育ったアンタレス星では銃は所持しているだけで重罪だ。ショックを受けたわたしは、レイターに銃を持たないで欲しいと頼んだ。
そうしたら今度はレイターが撃たれて怪我をした・・・。
「ティリー君、そんな怖い顔しないで。人生はロマンとスリルだから」
ダルダさんはレイターが撃たれたと聞いても意に返す風でもなかった。これまで『厄病神』と仕事をしてもジンクスに負けず平気だったということだろうか。それならそれで心強いのだけれど。
「フェニックス号で行こうがどうしようが俺はダメ営業部員だからね。関係無いのさ。ガハハハハ」
厄病神とダメ部員。ダルダさんの豪快な笑い声を聞いていたら不安がつのってきた。 (2)へ続く
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」