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銀河フェニックス物語<少年編>第八話(最終回)ムーサの微笑み

ヌイはレイターに聞きたいことがあった。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>「ムーサの微笑み」 (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)(12
<少年編>マガジン

 「お前さん、ライヴで『ギミラブ』を選んだのは、その姉さんのために歌いたかったのかい?」
 あの歌には想いがこもっていた。

ジュリエッタ目を閉じる白黒

「あん? 何言ってんのさ。戦略だよ。野外だし、マイクもアンプもねぇし、人集めるにゃ目を引かなきゃだろ。意外性を利用したんだ。俺みたいにガキに見える奴が、不倫でドロドロの『ギミラブ』歌えば受けるからに決まってるじゃん」

「ガキに見える、じゃなくてガキだろ」
「うるせぇ。もうすぐこんな風にゃ歌えなくなるしな」
 レイターは自分の商品価値がわかっている。声変りしたら今と同じようには歌えない。

 一方で、レイターが戦略を強調すればするほど、本心を隠しているように見えた。
 僕は続けて聞いた。
「『ギミラブ』歌った時、お前さん、泣いていたのかい?」
「は? 俺が泣く訳ねぇだろ……」
 と言ってまた黙った。  

「お前さんの『ギミラブ』から恋愛の苦しみが伝わってきたよ」

 レイターはゆっくりと息を吐くと言葉を選ぶように口にした。
「恋って辛いよな。麻薬みてぇだ。断ち切ったと思ってたのに……」
 遠くを見つめる大人びたその表情は、子どもから少年そして、男へと一気に成長したかのようだった。

12振り向き前目真面目正面逆

「姐さんは俺じゃない男を愛してた。でもそいつは姐さんのことを愛してなかった。人生はうまくいかねぇ。取り返しがつかなくなる前に何とかしたかった。どうして俺じゃダメなんだ、って歌いながら考えてた」
 バルダンが聞いたら吹き出して笑っただろう。「お前がガキだからだ」って。

 でも、僕は笑えなかった。
 言葉に真実性があった。報われぬ年上の女性への恋慕。

 レイターの『ギミラブ』は情念が昇華していた。
 こいつの中に、大人の恋愛と同じ感情が存在しているのが、歌を通じて僕には見えた。

ジュリエッタ白

 レイターの言う通り、こいつはガキに見えているだけなのかも知れない。幼い見た目のその奥に、早熟な魂を抱えている。

 レイターは一瞬、しゃべりすぎたという顔をした。
 と見る間に、いつもの子どもへと戻った。
 それは突然だった。開きっぱなしだった冷蔵庫の扉を、あわてて閉じたように。

「ああぁバイトさぼりてぇ、じゃがいもの皮むきめんどくせぇんだよ」
「調理機が皮をむくんじゃないのかい?」
「ザブの奴、包丁で丁寧に向けって、まるでブラック職場の罰ゲームだぜ。特別手当よこせってんだ。そうだ、ヌイー。俺、すんげぇ綺麗な旋律、思いついた」
 自信ありげな様子に興味をそそられる。
「へえ、聞かせておくれ」
 レイターはキーボードを操った。

 ルルリルルラララ

 その美しい調べを聞いた瞬間、僕は叫んだ。
「レイター! 止めろ。音階暗号譜で遊ぶのは」

ヌイ後ろ目怒り叫び

「えへへへへ」
 レイターがいたずらが成功した、というガキの顔をして部屋を飛び出していった。

 何が綺麗な旋律だ。

 僕の耳には「おいもを食べたらおならがブー」と聞こえたぞ。
 僕の大切な鍵音符を汚すな。

 前言撤回。やっぱりあいつはガキだ。金にがめつい、くそガキだ!      (おしまい) <少年編>第九話「金曜日はカレーの日」へ続きます

<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」