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緑の森の闇の向こうに 第6話【創作大賞2024】

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 もう少しで大通りに出るというところだった。前から怪しげな三人組が近づいてきた。
「やべぇな」
 レイターがつぶやいた。厄病神が「やばい」というのはどれほど大変なことなのか。バタバタと背後から複数の足音が聞こえた。
 気付くと七~八人の男たちに取り囲まれていた。これは『厄病神』の発動だ。

 前から歩いてきた男が声を発した。夜なのにサングラスをかけていて顔はよく見えないけれど声は若い。
「クロノスの社員だな。おとなしくついてこい!」

 リーダーとおぼしき彼の右手がわたしたちに向けられた。その構えを見ただけで心臓の鼓動が速くなる。街頭の灯りが手元を鈍く照らした。銃口がわたしたちを狙っていた。
「俺のティリーさんには指一本触れさせねぇぜ」
「おいおい、俺はどうなる?」
「安心しろ、俺は金ヅルから取りっぱぐれたことはねぇ」
 緊急事態だというのに、二人のやりとりに緊迫感がない。
 次の瞬間、レイターが銃を抜いたように見えた。
「やめて」
 体が震えだした。思い出したくないことが再現されている。 

 先週、眼の前で人が殺された。その悪夢の再来が自分が撃たれる恐怖と、重なりながら頭に広がった。
 ビユゥウウーン
 聞き慣れない、空気がしなるような音。
 レイターが手にしていたのは銃ではなく電子鞭だった。

 ブゥオオオオン。
 ピシッツピシッツ

 一瞬の出来事だった。
 しなった光線が円を描き、男たちの銃をはじきとばした。光に触れた男たちが次々と倒れていく。
「目を覚ましちまうから急げ!」
 レイターがわたしの手を引っ張った。

 目を覚ます、ということは彼らは死んでいない。
 ほっとした。けれど、足に力が入らずうまく一歩が踏み出せない。レイターのがっしりとした手に支えられながら走る。

 大通りに出るとちょうど無人タクシーが来た。急いで乗り込む。男たちは追ってこなかった。
「レイモンダリアホテルまで」
「レイター、一体奴ら何者だ?」
「環境保護テログループのNRエヌアールだ」
 NR。その名前はわたしでも知っている。自然を保護するためなら人間を殺しても構わない、という狂信的なテロ集団。先日も重機運搬船を爆破しニュースを騒がせたばかりだ。
「どうしてわかる?」
「簡単さ、あいつらNRのバッチを胸につけてた。声をかけてきた奴は赤いバッチだったから幹部だ」
「お前、よく見てるな」
 ダルダさんが感心している。
「っつうか、店長が教えてくれたのさ」
「店長が?」
「あいつによると、この星の開発反対派がNRと手を結んだんだとさ。店長はテロまではやりすぎだと思ってた。だから、オーナーが俺たちが店に来ていることをNRに伝えているのを聞いて、気をつけろって教えてくれたんだ」
「気をつけろとは?」
 ダルダさんがたずねる。
「NRがクロノス本社の社員を襲って、工場の拡張阻止を図ろうとしてるってことさ」
「それって、わたしたちのこと?」

「ほかに本社社員って誰がいんだよ」
 血の気が引いていく。
「反対派はいくら拡張反対を訴えたって、パキ政府に情報を握りつぶされてるからな。NR使ってクロノス本社の人間を誘拐するなり殺すなりすりゃ、銀河連邦も動き出す。って腹だろ」
「ふむ。人生にはロマンとスリルが必要だ」
「そんなこと言ってる場合じゃないです」
「大丈夫さ。レイターがいるんだから」
「スリルは十分味わえると思うぜ」
 スリル何ていらない。厄病神、恐るべしだ。わたしは普通に仕事がしたいだけなのに。

 高級車がズラリと並ぶレイモンダリアホテルの車寄せ脇にタクシーは止まった。
「お帰りなさいませ」
 ボーイが頭を下げる。銀河資本のホテルは警備もしっかりしている。これで安心だ。
 と一息つく間もなく、レイターは思わぬことを口にした。
「エレベーターホールを抜けたら、裏の駐車場まで突っ切るぜ」
「部屋に戻るんじゃないの?」 
「鬼ごっこは、続いてんのさ」
「ガハハハハ、スリルだな。俺はお前を信じる」
 このホテルなら安全だと思うけれど、ボディーガードとしてのレイターの腕が信頼できることも確かだ。ゴージャスなロビーを早歩きで通り抜ける。
 駐車場にはレイターのエアカーが停めてあった。
「お袋さん、聞こえるか」
 レイターがフェニックス号のメインコンピューターを呼び出した。
「はい」
「この車、船に直結で入れろ」

「かしこまりました」
「ダルさん。船で待っててくれ、絶対外へ出るなよ」
「わかった」
 ダルダさんが後部座席に乗り込む。わたしは急速に不安に襲われた。
「レイターは一緒に来ないの?」
「俺も、折角だからティリーさんの手を握ってたいんだけどさ……」
 と言われて気がついた。
 わたしはNRに狙われてからずっとレイターの手を握ったままだった。
「ご、ごめんなさい」
 指の長い大きな手の温かさを感じた。そのままレイターはわたしの手をとって、ダルダ先輩の隣の席へとエスコートした。自然な振る舞いに身体がつられるように動き、気づいた時には座席に座っていた。レイターがするりと手を抜いた。わたしは自分がいつ手を離したのかわからなかった。
「いい子だ。俺もすぐ追いかける。ちょっとだけロマンとスリルだ」
 レイターが言い終わらないうちに、エアカーはスタートした。
 振り向くとレイターがホテルの館内へ戻っていくのが見えた。フェニックス号へ帰るのなら、レイターも一緒にさっきのタクシーで直接向かえばよかったのに。もう何が何だかわからない。
 沈黙しているのが怖い。
「NRが出てくるって『厄病神』のせいでしょうか。これから、どうなっちゃうんでしょう?」
「大丈夫さ、レイターの言うとおりにしていれば」

 フェニックス号に到着した。
 リビングのソファーに脱力しながら座る。テレビが付いていた。パキ語のローカルニュースだ。レイターは付けっぱなしで出かけたのだろうか。と思いながら画面を見て目を疑った。
「ダ、ダルダさん!」

「どうした?」
「ホテルが、燃えてる」
 見慣れた高級ホテルが炎をあげて燃えていた。
 さっきロビーを横切ったレイモンダリアホテルだ。放送局のリポーターがホテルをバックに伝えていた。現地語はわからないけれど緊迫していることは伝わってくる。ライブ映像に違いない。
「何て言ってるのかしら?」
 わたしのつぶやきにマザーが反応した。
「通訳いたしましょうか?」
「マザー、お願い」
「かしこまりました。さきほど、レイモンダリアホテルの最上階にある二五一四号室に迫撃弾が打ち込まれました。現在、消防が消火活動を実施していますが火の勢いは衰えていません」
「何ですって?!」
 二五一四号室がダルダさん、隣の二五一五号室がわたしの部屋だ。思わず二人で顔を見合わせる。
「この部屋には出張中の会社員が泊まっており、ホテル側によりますと会社員が部屋へ戻った直後に砲撃された模様です。現在のところこの会社員の安否はわかっていません」
 部屋へ戻った会社員ってレイターのことだ。
「レ、レイターがあの中に。う、うそでしょ」
 真っ赤な炎が燃え盛る画面に釘付けになった。
「マザー、レイターを呼んで!」
「反応がありません」
 言葉が出ない。
「大丈夫だ、あいつは殺しても死なない」
 そういうダルダさんの口も真一文字に閉じられていた。

「とにかく、会社へ報告しよう」
「は、はい」
 連絡回線を開こうと試みた。
 ところが、画面にノイズが走るばかりで本社につながらない。マザーが淡々とした声で報告する。
「政府が情報統制をしているものとみられます」
 銀河連邦資本のホテルが砲撃されたなんてことは、隠して置けるはずないのに。ニュースで行方不明の宿泊者の名前が読み上げられた。わたしとダルダさんの名前だ。行方不明者の生存は絶望的、という消防関係者の見解を示していた。このニュースは誤報だ。わたしもダルダさんも生きている。でも、レイターは……。

 ニュースを読むアナウンサーに原稿が横から突っ込まれた。声が興奮している。動きがあったようだ。
「犯行声明がでました! 環境保護テロ組織のNRから、犯行声明が出ました」
 放送局に犯行声明が届いたという。マザーがアナウンサーの読む犯行声明を訳した。
『パキール自生地に工場を拡大するのは、自然への冒涜であり、どんな手段をもってしても断固反対する。犠牲者はさらに増えるだろう』と。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。工場の拡大はまだ決定事項じゃない。しかも、今回わたしたちが実際に視察して、どちらかといえば見直しの方向に動きそうなのに。
 続いて流れた関連ニュースの映像に、見知った顔が映った。細面に切れ長の目。工場長の『狐男』だ。スーツを着ていた。

 一流レストランから出てきたところをメディアが待ち構えていた。フラッシュがたかれ記者が声をかける、狐男は無言のまま足早に高級車へ乗り込んだ。  
 その後ろから出てきた恰幅のいい男性が、記者に囲まれた。 
 マザーが伝える。
「今夜、パキ政府とクロノス社の間で秘密会合が持たれ、工場に隣接した土地に新工場を建設することで合意したものとみられます。しかし、先ほど発生したテロ事件を受けて、正式発表が延期となったもようです。産業大臣は記者団に対し『ノーコメント』と応じました」
 工場の拡大で合意ですって?
「うそよ、うそ! 何なのこれは?!」
第7話へ続く

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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」