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緑の森の闇の向こうに 第9話【創作大賞2024】

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* *

 迫撃弾を受けたレイモンダリアホテルの消火活動は一段落していた。ビルからは煙が立ち昇り、最上階は黒く焼け落ちている。現場近くにはこげ臭いにおいが漂い、割れたガラスの破片が散乱していた。
 警察や消防が、ホテルに残っている人の捜索を続けており、周囲百メートルは立ち入り禁止区域が設けられていた。
 規制線の外から、テレビのリポーターが生中継している。
 カメラの近くにいるスタッフへ、ダルダが近づいていった。
「二五一四号室が狙われたっていうのは本当か? 俺はその二五一四号室に泊まっていたんだ」

「あなた、あの部屋の宿泊者ですか? クロノス社の本社社員ですか?」
 ダルダが社員証と部屋の鍵を示すとスタッフの顔色が変わった。
「今、ここでインタビューに答えてもらえますか」
「ああ、構わんよ」
 リポーターの横にダルダは立った。
「最上階に宿泊していたクロノス社にお勤めのダルダさんです。迫撃弾が撃ち込まれた時の状況を教えてください」
「食事から部屋に戻った後、飲みなおそうとして、一旦、外へ出たんだ。エレベーターに乗ったところで大きな音がしたんだが、まさか自分の部屋が狙われたとは思わなかった……」
 打ち合わせどおりの嘘と主張を、ダルダはとうとうとしゃべり始めた。
 

* *

 兄貴と直接話すのは久しぶりだ。
 暗いNR本部の議長席に座った兄貴は、変わった白いローブをまとっていた。宗教じみた感じがますます加速してるな。
「先程、報告書をお送りした通りです、誘拐ではなく、クロノスの社員がレイモンダリアホテルへ戻ったところを砲撃しました。社員が死んではクロノス社も連邦も動くしかありません。作戦成功です」

 本部が提案した誘拐に失敗したことは報告には入れなかった。 結果をだせば問題にはならないはずだ。だが、兄貴は不機嫌を通り越して見るからに怒っている。
「お前の報告書は嘘ばかりだな」
「な、何のことです?」
「今、テレビで話しているのは誰だ?」
 テレビ? スイッチを付けたオレは何が起きているのかわからなかった。
「ば、ばかな」
 画面に映っているのは、さっき裏通りで目にしたクロノスの社員だ。あの砲撃で生きているなんてありえない。どういうことだ?
『NRがやっていることはおかしい……』
 男性社員は生放送で、NR批判を延々と展開している。
「我々の活動は聖戦だ。批判されたままでいるわけにはいかないことをお前はわかっているな」
「はい、すぐに片づけます」
「ここまで来たらアレを使え」
「あ、アレですか」
 オレは息をのんだ。

* *

 フェニックス号のテレビから、ダルダさんの声が聞こえてきた。ティリーは少しだけ手を止めて画面を見た。
『NRがやっていることはおかしい。われわれは今回、工場の現場を視察して、拡張工事について再検討するという方針を固めたところだ。話し合いで解決できる問題なんだ。まったく彼らがやっていることは意味のない破壊で、開発反対派は単なる暴力行為に加担しているだけだ。自然を冒涜しているのが誰か、よく考えて欲しい』
 このテレビを見たNRはどうするだろう。おとなしく引き下がるとは思えない。
 わたしは、わたしに与えられた仕事を早く終えなければ。さっきひらめいた方法は有効なはずだ。ハイスクールで学んだアルバ関数の特性を思い出す。入力する前に数字を確認する。武器は価格が高い。ということは、解の後ろのほうが大きな数字になるはずなのだ。

 概算をし目ぼしい数字を見極めて入力する。
「今年一月、大型発電機一台、百五十万リル」
 高額物品だ。お弁当やフライパンよりずっと近づいている。次の数字を入れる。
「今年三月、エアカー一台、二百万リル。今年二月、ヘリ一台、一億三千万リル」
 ヘリコプターだ。しかも、これって。わたしは新人だけど宇宙船メーカーの営業だ。型番からわかる。

「マザー、すぐにレイターに連絡いれて!」

* *

 テレビ局の技術スタッフの脇に、レイターは立っていた。
 カメラの前のダルさんはうれしそうだ。あれだけ熱弁を振るったから、そろそろ気が済んだんじゃねぇか。敵さんが出てくる前に、おいとましてぇんだが。 
 PPPP……
 腕に付けた通信機が反応した。ティリーの興奮した声が聞こえる。
「レイター、NRは軍用の大型高速ヘリを持ってるわ。型番MM二十六よ」
 ヒュー。思わずレイターは口笛を吹いた。
「そいつは大物だ」
 レイターは驚いていた。彼女を船に残すために頼んだ仕事が、こんなにすぐ役立つとは。
「これまた最新鋭だねぇ。ティリーさん、サンキュー助かるぜ」
 軍用ヘリだ。どんな武器でも積めるな。あいつら迫撃砲を持ってやがるから、警備の位置を変更しよう。
 煙が立ち昇るレイモンダリアホテルの上空を見上げる。消防や警察、取材用のヘリなどが何機も旋回していた。

* 

 レイターはテレビ局の中継地点を離れ、エアカーを急上昇させた。

 ホテルに近いビルの屋上で、腕につけた小型通信機を銀河連邦軍の周波数にあわせた。
「おい、アーサー聞こえるか?」
 軍の特命諜報部を率いるアーサー・トライムス少佐は、パキ星の地元テレビを見ながら答えた。
「ああ」

「さっき俺が逃がしてやったNRの奴らのお家は、わかったのかよ?」
 レイターの問いにアーサーが答えた。
「間に合わなかった」
「ったく、あんた、税金使って何やってんだよ」
 アーサーは静かに反論した。
「こちらは、お前の連絡から四分三十三秒で到着した。だがNRはもう姿を消していた。お前が使った電子鞭では弱すぎて時間が稼げなかったんだ。なぜ、低出力の銃を使わなかった?」
「俺の勝手だろ」
 レイターが口をとがらせた。
 先週も似たようなやりとりをした。レイターが銃を使わない理由。
「ティリーさんか……」
「あんたにゃ関係ねぇ。とにかく、次は大型軍用ヘリだ。MM二十六だぞ」
「伝票が入手できたのか?」
「当たりめぇだ。急な仕事にはそれなりの手当てを払えよ」
 武器の密輸ルートを追いかけていた特命諜報部は、パキ星での不穏な動きを掴み潜入捜査していた。NRが大量の兵器を買い付け、隠匿しているという。部隊を率いるアーサーとしては、先週、けがをしたレイターをこの任務に充てるつもりは無かった。だが、偶然レイターにパキ星への仕事が入った。あいつを現地で遊ばせておくような余裕は特命諜報部にはない。本体とは別にNRの伝票入手という任務を与えた。
「きのう、徹夜でいただいてきたぜ」
 裏社会に精通しているこいつは仕事が速い。それにしても暗号化された伝票の分析は、軍本部で人海戦術で行うはずだった。
「情報屋から巻き上げるのに随分苦労した」
 こいつが苦労したというのは、金がかかったという意味だ。くぎを差しておく必要がある。
「実費のみ請求しろよ、水増しは認めないからな」
「立て替えた分の利子は払ってもらうぜ。で、これからのことだ。軍用ヘリが迫撃弾を撃ってきそうだったら迎撃する。撃ち落さずに発信機を張り付けるから、今度はちゃんと追っかけろよ。俺の仕事を増やすんじゃねぇぞ」
 アーサーは発信機の信号を確認した。MM二十六は最新鋭ヘリだが、軍の高速艇なら追いつける。

 レイターには補助的任務を与えたはずが、気付けば任務の中心を担っている。私のせいではない。あいつは勝手に自分で自分の仕事を増やしている。
第10話へ続く


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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」