【資本主義の崩壊と進化論と縄文】

「資本主義の終わりを想像するより世界の終わりを想像する方が簡単だ」(グレデリック・ジェイムソン)

資本主義のオルタナティブは存在しない、とまで言われています。私たちは資本主義という環境に依存してい発展してきましたが、経済ジャーナリストのポール・メイソンは1800年以降、50年周期で起きる景気の循環をあらわす「コンドラチェフの波」に異変が起きていると指摘しています。

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AIの急速な進化で起きるはずの第5の波が起きていないのです。進化した情報技術の社会においては資本主義が共存できなくなる様です。ネットワーク化によってヒエラルキーのない並列分散化した社会で、私的所有が薄れシェアリングエコノミーが当たり前に浸透し、オートメーション化によって労働の多くが自動化され人が労働から解放されていく中で、資本主義の崩壊はすでにいたるところに起きています。

コロナウィルスを契機に経済危機と停滞はいっそう深刻になりポスト資本主義へのパラダイムシフトは大きく進みます。

変化を恐れ、停滞しているうちに企業は破綻します。過去の経験やビジネスモデルにすがっている企業が淘汰され、巨大資本とビッグデータを持つGAFAのデジタル封建主義の両極に二分していくことが予想されます。デジタルプラットホームを持つことは最終的に社会の基盤となるインフラだけでなく全国民の情報という国家を超えた機能を持つことになります。つまり、資本と情報が集中すればするほど自由な市場は硬直し反競争的な状況となり資本主義の原理から遠のいていきます。

 「予測不可能な正解の見えない社会」が今まで以上に顕著化し加速するという事は、ビジネスにおいて既存の経営やマーケティング等がますます機能しなくなるということです。コロナによる経済的な打撃は数年、数十年分の経済的な衰退を前倒しにしている事は間違いないでしょう。

既存の世界観のまま衰退社会と共に心中するか、変化を受け入れて進化するかのどちらかです。

『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。』(チャールズ・ダーウィン)

強い者=ヒエラルキー ×

賢い者=学歴 ×

変化=創造力 ○

つまりイノベーションが必要とされているということです。

そこで注目しているのが縄文時代です。狩猟採取民族であった縄文人の文化は資本主義以前であると言えます。縄文から弥生にかけて起こったパラダイムシフトは狩猟採取から農耕への変化です。農耕は生産という概念を生みます。生産の三要素は土地・資本・労働です。農耕という労働と土地を所有するという概念が生まれ、これが資本主義の基礎となります。経済学では、貨幣は物々交換から生まれたとされていますが、貨幣以前の縄文時代では分かち合いや贈与で成り立っていたのです。これはまさにシェアリングエコノミーです。貨幣が発生したのは、紀元前3000年ほど前、メソポタミアのシュメール文明の時代であるとされています。貨幣をつくったのは国家で常備軍を維持するために、兵士に貨幣を配布したとされているそうです。資本主義をもたらしたのはまさに国家権力で、国家は市場をつくり、人びとを働かせ、貨幣なしには暮らしていけないヒエラルキーのシステムをつくりあげて今に至るということです。

今まで縄文時代は原始時代くらいにしか扱われていなかったのですが岡本太郎が芸術の面から縄文の評価をしたあたりから縄文への眼差しが向けられ、社会構造や文化において原始時代とは程遠いヒエラルキーのない平和な循環経済であったのではないかと言われる様になりました。その共同体には国家や支配というヒエラルキーもなく自律的で水平的な意思決定を実践する有機的なティール組織に近い組織が形成され、シェアリングエコノミーが一般的で、オーガニックな循環経済があったのではないかと予想され、ポスト資本主義の答えの一つは資本主義以前から学ぶことができないだろうか、、、と思っています。

そのあたりの研究についてはまたの機会に。。

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